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藤野可織   「私は幽霊を見ない」(角川文庫)

 この本には、私の生まれ育った長野県の田舎町が登場する。これを書くと、自分のことがバレる心配があるが、構わず書いてしまうことにする。

 荒川じんぺいというエッセイスト兼グラフィックデザイナーがいる。荒川じんぺいは高原や森を中心としたエッセイを多数書いていて私も大好きな作家で愛読している。
 荒川は今、住処を私の故郷の町に構えている。

私が会社を定年退職したとき、私の部下だった女性社員たちが、私の故郷に行き送別会する企画をたててくれた。それで10人ほどで一泊旅行で私の故郷へでかけた。

 私の故郷は、信州の田舎町でありながら、観光スポットが無く、仕方なく大正時代に創設された、結核療養所の記念資料館に皆を連れて行った。

 ここに驚くことに館長として荒川じんぺいがいて、館を案内してくれた。

この療養所は、東京帝大をでた、正木俊夫が、大正9年5月にスイスのダボスに行き、ここで体験した、当時世界最高の結核療養所(サナトリウム)を視察。その結果当時、不治の病だった結核患者のサナトリウムを創ろうと決意、そして私の町に創った。

 結核は不治の病で、多くの人が結核に罹り有名人もナトリウムにやってきた。院長と親友」だったのが、画家の竹久夢二。彼は長い間ここで療養して50歳の若さでサナトリウムで息を引き取っている。横溝正史もここで療養している。

 それから何といっても有名なのが、堀辰雄の恋人矢野綾子、若くしてこのサナトリウムで亡くなるが、彼女との悲しい愛を描いたのが「風立ちぬ」。

 この資料館には、患者の入退院や死亡の記録簿が残っており、それを調べると確かに矢野綾子が昭和10年12月6日に亡くなっている記録があり、感動した。

 お茶目な荒川じんぺいは庭の木を指さし、「あの木に矢野綾子役を映画で演じた山口百恵がよりかかりました。」と説明する。私は当然庭に降りて、木に頬ずりをした。

 紹介の本の作者藤野可織さんは、卒業した高校を訪ねた時恩師岡崎先生に出会う。
岡崎先生は新婚当時、ご夫婦でこのサナトリウム資料館を訪問した。そして、その時、資料館で若い夫婦と遭遇する。

 そして、資料館を後にして、車に乗ると、この若い夫婦がドアが閉まっているのに、ふわーっと入ってきて、後部座席に座る。

 岡崎先生は言う。
「サナトリウムは若い結核患者が多くいて、幸せになることもかなわず、若くして亡くなった人がいた。我々の幸せぶりを見て、やっかんでこの世にでてきたんだよ。」

 そういえば、私たちも資料館を訪問した時、資料館は大正時代そのままの建物になっていて、廊下を歩くとミシ、ミシと音が鳴り、薄暗く、幽霊がでそうだと思ったことを思い出した。

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| 日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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