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真山仁   「それでも、陽は昇る」(祥伝社文庫)

 主人公の小野寺は、阪神淡路大震災を経験、更に東北の遠間市で応援教師をしていた時、東日本大震災も経験する。その小野寺の神戸、遠間の両方で震災後、復興を目指して活躍、一方で問題を抱え苦闘する物語。

 この物語で印象に残ったのが、遠間の復興プロジェクト。このプロジェクト、漁業組合長で人望も厚い、鬼頭大介がリーダーになり進められた。ところが、その大介が途中で急逝する。そこで、大介の息子で、小さい頃神童と言われ、東大を卒業して、アメリカハーバード大学に留学し、経営コンサルト会社で活躍していた太郎が、遠間に帰国し父親への漁業者の信頼もあり、そのままリーダーとなる。

 この太郎がアメリカ仕込みのやりかたで復興事業をぶちあげ実行する。なにしろ、委員会の席上、60歳以上の人は意見を言わないでくださいとやり、地元民を唖然とさせる。殆どの復興案は太郎が決め、委員に実行させる。

 赤魚養殖プロジェクトが経費が嵩み、うまくゆかず、漁業組合の資金が逼迫。それを太郎に訴えると、この程度の費用でお金が逼迫するような財務運営をしている組合が悪いと組合を批判。自分のたてた計画、それを実行することはすべて正しく、それができないのはすべてだらしないメンバーの責任。

 こんな風だから、総すかんとなり、リーダーを解任される。
主人公の小野寺が言う。

「なあ、太郎君。遠間は短期間で復興を成し遂げた。それは凄いし、それを牽引した君は英雄や。でもな、それは形としての復興に過ぎない。本当の復興って、もっとメンタルなもんやないかと、俺は思ってるんや。」

 このメンタルという言葉が大切で万能な言葉として、被さってくる。しかし、こんな抽象的な言葉が復興を迷い道に連れ込む。そして、活動の停滞、彷徨いが始まる。

 この前、近所の弁当屋に行った。そこでお結びの大安売りをしていた。1月17日はお結びの日であると初めて知った。これは1995年1月17日の阪神淡路大震災を忘れないのスローガン結びの日からきていることを知った。

 大震災から25年、10年以上たっても、未だに苦しい生活を強いられれている人がいる。

 安売りのおむすびをほお張った時、ちょっぴり悲しい味がした。

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| 古本読書日記 | 05:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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