FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

「終わらざる夏」 浅田次郎 

浅田次郎 「終わらざる夏」(上)(集英社文庫)
浅田次郎 「終わらざる夏」(中)(集英社文庫)
浅田次郎 「終わらざる夏」(下)(集英社文庫)
日本版「戦争と平和」と思わせる大作。こういう戦争物が出版されてくるとまた夏がやってきたと本好きは思う。戦争を観念で捕えず、リアルさを持ってよく描けていると思う。浅田は自衛隊の経験もあるから、武器や軍用車の操作についても詳しく、物理的事柄も肉にしみついているように描く。ここはというところの文章表現は全く感心するほど圧巻である。
 疎開している小学生のジョーが教育勅語の反面として人間勅語として宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を朗詠するところ。最後のサーシャの戦争の虚しさへの慨歎。涙がこみあげそうになる読者も多いだろう。
 こんな感動作品を批判するのは国賊かもしれない。でも、私としてはあまり好きになれない。
反戦、平和が露骨すぎる。「戦争は嫌いだ」「この戦争は負ける。」など、良民が日常会話であたりまえのように喋る。
鬼熊軍曹などは上級士官にたいし戦争への怒りをぶちまける。何だかこれでは、戦争さなか戦争反対一色に日本が彩られていたような錯覚を起こす。しかし、戦争当時は、国民の大多数は、玉砕しても天皇を守る、戦争を最後まで戦い通すことが使命と信じていた。信じていなくても、信じたような言動行動をとらねば、隣組にはスパイがいた。特高、憲兵が手ぐすねひいて待っていた。そう、今の北朝鮮と同じ。こういう国はまわりからみればいつ崩れるかと思うのだがなかなか強固だ。
 そういう岩盤のような強固な思いに対峙して非国民としての反戦や平和を描いて欲しかった。
原爆の日もそうだが、必ず子供が登場して戦争の悲惨さを訴え、平和への誓いを宣言する。あざといと思う、すぐ、子供の未来のためになんて。ここで宣言した子供が大人になってどんな反戦平和の行動をしているかみてみたい。
 この作品も、悲劇、反戦の象徴として、ジョーと静代という2人の子供を登場させている。そのわざとらしさが鼻につく。

by はなゆめ爺や

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

| 日記 | 13:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT