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司馬遼太郎  「越前の諸道 街道をゆく18」(朝日文庫)

 福井県、越の国越前を縦横に歩く。

 福井県は越前紙で有名。

 紙は、平安から鎌倉時代にかけて、日本全国で作られるようになった。写経に使用するが非常に貴重品だったが、みつまた、こうぞを原料で製造するようになり、一般社会に普及した。

 それは、みつまた、こうぞを原料として使用すると、復元力が強く、大量に生産でき、安価になったからだ。

 室町時代にはすでに、懐紙、いわゆる鼻紙として一般に使われるようになる。紙はこの時代貴重品で鼻紙に使うことなどとても西洋では考えられない使用方法だった。

 江戸時代には寺子屋など学び舎がたくさんできた。この時代の日本の識字率は世界一だった。それが可能だったのは、紙が安価で作られていたからだ。

 一乗谷に城を構えた朝倉氏。この遺跡を発掘すると、多くの将棋盤、駒がでてきた。

 将棋はインドでうまれたものだが、西に流れてチェスになり、東に流れて将棋となった。

 平安時代の将棋は大将棋と呼ばれ、何と駒が68枚もあった。その中に「酔象」という駒があり、これが王のまわりを固める。「酔象」という意味は、王子という意味。仮に相手に王をとられても将棋は終わらない。この「酔象」が王に即位するのである。

 これは勝負が決まるまで長い時間がかかっただろうなと思う。

 神社の神はずっと大明神と言われてきたが、平安期、神仏習合が行われ、権現という仏教職の感じられる呼称が生まれた。
 秀吉は死後豊国大明神になったが、家康は秀吉と同じ称号になることを嫌い、東照大権現となった。

 司馬遼太郎の街道をゆくシリーズは知識の宝庫である。

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