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藤沢周平   「周平独言」(文春文庫)

 藤沢周平初めてのエッセイ集。

私の家は里山部落の百姓だった。会社を退職して、結構たくさんの知り合いが土地を借りて小さな農業をしている人がいる。健康のためにやったらと時々勧めてくれる人もいる。
しかし、農家のまねごとだけはしたくない。

子供のころは、春と秋に連続学校が休みになった。春は田植え休み、秋は稲刈り休み。普通学校が休みになると、子供は喜ぶものだが、私はこの休暇になる日がくるのが苦痛だった。
完全に子供は労働力としてあてにされた。夏休みも一日も休める日は無かった。

 藤沢周平の子供のころの農作業の記憶と、秋の庄内平野の美しさがエッセイで描かれる。
「子供は、田植え、稲上げといった時期には、張り切って働く。・・・稲上げのときも、小さな子供でも一丸(稲束を、米俵ほどの大きさにまとめてくくったもの)ぐらいは背負う。小学校の高学年になると、二丸から三丸ぐらい背負った。道には荷馬車が来ている。遠い田圃から道まで、そうして稲を運び出すのが、稲上げの時の子供たちの仕事だった。

この運搬の仕事に使うのが、荷縄、ばんどり(背あて)、やせうま(背負子)だった。
子供のころ、父親と二人で、ばんどりで山から柴を背負いだした。

 田植えも稲上げもきつい仕事で、しかも一週間は続く。大人も子供もくたくたに疲れる。

 稲上げが行われる時期の庄内の野は美しい。空は真っ青に晴れ上がり、田の隅に芒の穂が陽に輝き、その上を赤とんぼの群れが飛ぶ。そして平野の北から東にかけて、遠い空を区切って出羽丘陵が走り、月山、鳥海山は頂上から七合目のあたりまで、紅葉で染まっている。

 おやつを食べ終わった子供たちは、とんでもない遠いところまで行って、いなごを追いかけたり、たにしを拾ったりする。その鋭い叫び声と、山のように稲を積んで道をゆく、馬車の重い轍の音がひびきあうのである。」
 私の子供のころの情景が目の前に浮かんでくる描写である。

藤沢周平の熱狂的ファンは、藤沢文学の通底して流れるこの情景をしのばせる物語に魅了されている。

 ということは、こんな情景を見たり、経験してきた人以外は藤沢作品に共感できる人はいないような気がする。団塊の世代からその上の年代の人々。ということは、だんだん藤沢作品を読む人は少なくなってくるだろうと考えてしまう。寂しくなる。

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| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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