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伊集院静     「文字に美はありや」(文春文庫)

 雑誌「文芸春秋」に連載された、文字に関するエッセイを本にしている。

この世に文字が現れたのは、紀元前3200年前のエジプト王朝時代。中国では紀元前1400年武丁が収めていた殷の時代。当時は甲骨文字といって、亀の甲や牛の骨に文字を刻んでいた。

 どうして文字は生まれたか。それは国を治めるための法律や規範を伝達するのに文字が必要だったからである。

 書聖という言葉がある。書における神様である。書聖は王義之である。王義之は西暦300年代に活躍している。王義之は書聖とあがめられているのだが、不思議なことに彼直筆の作品は一つも現存していない。すべてが後世の書家による模写である。

 漢字が出来上がり定着したのは秦の始皇帝の時代である。始皇帝以前の中国は春秋戦国時代で中国には多くの国が存在していた。始皇帝はそれらの国を攻め占領し初めて中国を統一国家を実現した。それまで国によってバラバラの言葉、バラバラの文字だったが、それらの国々を統治するために、統一の言葉、文字を広めた。

 この本では、文字の成り立ちも書かれているが、名書家の作品も紹介してその評価も書かれている。

 その中に、江戸時代の名僧、仙涯義梵の作品がある。それは不思議な作品で「□△〇」と書かれているだけである。
 これは素晴らしいとの評価が書かれている。あくまで作者が言っているのではなく、観察者の評価である。

〇は無限、△は形の始まり、□は△が二つ重なってできるもので万物が生まれるところ宇宙を表す。
あるいは、〇が仏教、△は儒教、□は神道を表すというひともいる。

 時々こんな作品がでてくると、素晴らしいと評価せねばならない同調圧力がかかる。
私は芸術にあまり関心がないので、そんな無理をした解釈はこの作品からは感じられない。

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