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森下賢一    「居酒屋礼賛」(ちくま文庫)

 個人経営の居酒屋が本当に少なくなった。わが街の駅前も2軒を除くと全部チェーンの居酒屋になった。

 以前本で読んだが、作家の団鬼六は酒を飲みたいときは吉野家に行くそうだ。吉野家は誰かと一緒に酒を飲みにゆくところでもないし、出版社の編集者と行くところでもない。
一人で行くところだ。吉野家で酒を飲めるとは知らなかった。吉野家では酒3杯、ビール3本までだすが、それ以上は提供せず、それも夜中の12時までだそうだ。

 団さんは、誰にも邪魔されず、物語の構想を練ったりするのに最適だと言っている。そして一人で飲むには、酒3杯がちょうどう適量と言っている。

 私が通っていた会社がある、少し大きな市でも、昔あった居酒屋が無くなり、多くは、少し高級な料理を提供する料理屋になった。あまり気楽には行けなくなった。

 この作品は、居酒屋の名店を紹介しているが、それだけでなく、居酒屋のおいたち歴史を描き、それにとどまらずイギリス、アメリカ、中国の酒場の歴史、特徴にまで広げて紹介している。

 イギリスのパブは、紀元前ローマ帝国に征服された時に持ち込まれた。パブはパブリックハウスからきていて、議事堂の役割を果たす。ローマ人はパブで、政治や裁判を行った。簡易裁判は最近までパブで行われていたらしい。

 そういえばアメリカの最初の酒場も裁判所に使われていた。それにしてもイギリスはすごい。日本の室町時代にできたパブが今でも営業しているとのことだ。

 アメリカでは、絞首刑を行う前に、とんでもない量のお酒を死刑囚に飲ませ前後不覚になったところで刑を実行するようなことをしていた。

 日本の居酒屋も古くからあったと思えるが、資料として残っている中で、最も古いのは元文年間に創業した神田の「豊島家」だ。

 それまでは、うどんそばの屋台で酒を提供したり、煮売り屋という一品料理にごはんをつけてたべさせる食堂の元祖のようなところが酒もついでに提供していた。

「豊島家」は問屋から酒を仕入れ、酒樽でも売るが、酒を安く店でも提供した。
江戸はしばしば大火災が発生。その復興作業のために、多くの人足を地方から集めた。そのひとたちは「豊島屋」に集まり、大繁盛したそうだ。

 すこし本でははっきりしないが「豊島家」は今では居酒屋はやめたようだが酒屋として残っているようだ。

 それでも、一人でふらっと行って飲める居酒屋は無くなった。私も団さんのように吉野家に行くしかなくなった。

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| 古本読書日記 | 06:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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