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篠田博之    「ドキュメント死刑囚」(ちくま文庫)

 月刊誌「創」の編集長として関わった死刑囚たちを描き、極刑というのは本当に「死刑」なのかを問う作品。

 「幼女連続殺害事件」の宮崎勤、「奈良女児殺害事件」の小林薫、「付属池田小事件」の宅間守など5人の死刑囚を扱う。

 永井均という哲学者の書いた「子どものための哲学対話」という本がある。その本にはヘネトレという猫がでてくる。

 学校でいじめにあう。学校という枠にはまらなければ、学校にゆくことをやめればいい。家族とうまくいかなければ、ひきこもりになり家族から外にでればいい。しかしそうしても社会という枠にはめ込まれている。この枠にはまることがいやになればもう行く場所は無い。そうなれば死ぬしかない。

 上記3つの事件の凶悪犯は行き場のなくなった人間。死ぬしかない。通常そうなると自殺するのが普通。だからいじめにあって世をはかなみ自殺する子供があとを絶たない。
 しかし、凶悪犯の3人は、自殺はできないで、殺人を犯し、社会に死刑にしてもらい国により殺してもらうことを撰ぶ。
 社会はそんな人間がいることが想像できないから、精神鑑定したり、おおくの学者が殺人の動機、背景をつきつめようとする。

 一貫して犯人は死刑を望み、判決が確定すれば即死刑の実行を望む。法務大臣あてに「刑の執行の早い実行」を願う手紙を書いたりしている。

 この思いには驚愕する。たびたび無差別殺人事件が発生する。その背景には国に殺してもらうために引き起こしている犯人の思いがあるとは。

 こんな人間を死刑を廃止して、更生させる手立てなどあるのだろうかと暗澹たる気持ちになる。

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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