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伊集院静    「大人の流儀」(講談社)

 ここから始まったのか大ベストセラーエッセイ集「大人の流儀」は。奥付けを見ると、このエッセイは2009年7月から「週刊現代」で始まっている。このシリーズの6巻だったと思ったが、伊集院は50代半ばから、今までの3倍の量の仕事をこなそうと決意し実行している。毎日多くの締め切りを抱え、とんでもない多忙な生活を送っている。

 伊集院は1950年生まれだから、エッセイを書きだした時は57歳である。多分この週刊誌連載のエッセイを始めたころ、仕事をバリバリする決意をしたのだ。

 あれほど、酒とギャンブルの日々にはまり、アルコール依存症にもなった伊集院がよくそこから脱出したものだ。このエッセイを読むと、そのきっかけがわかる。

 講談社の編集者から、2番目の伊集院の妻になった夏目雅子のことを連載コラムに書いてみないかと言われた。短編「乳房」で物語として少し書いたことはあったが、体験談として書いたことは無かった。いろんな思いが交錯したが、伊集院が決意して筆をとった。

 その作品がこの本の最後に収録されている。

カネボウの宣伝用映像、お金に糸目はつけないから最高の物を作れしかし絶対に売れる作品にしろと電通社長に言われ、スタッフはパリに来ていた。キャンペーンのモデルはジャン・ポール・ベルモントだった。しかし、ベルモントと制作側とトラブルが起こりベルモントとの契約が破棄された。その後何百人のモデルとオーディションをしたがこれぞというモデルがいなかった。

 その時、スタッフが宿泊していたホテルの屋根裏部屋に泊まっていたパンフレット用のモデル小達雅子の部屋に伊集院がゆき、小動物のような彼女をみて、映像に彼女を使おうとみんなに提案し、アフリカで彼女の映像を撮った。これで夏目雅子は完全ブレークした。

 伊集院は夏目雅子と恋愛関係にはいった時は不倫だった。そのことがマスコミに知られ、電通をやめた。

 そして、何もせずブラブラと今は無き鎌倉のなぎさホテルで支配人の好意によりただで生活を始めた。そこに夏目雅子はしょっちゅうやってきて2人の愛を深めた。

 結婚直後に夏目雅子の白血病が発覚。そこから、けなげな夏目雅子の伊集院には心配させないようとする気使いと切ない伊集院の気持ちの重なり合いが始まる。その描写は美しく見事である。

 白血病は今では治療方法が確立して、生存率は高くなったが、発症した1985年当時は、治療方法が殆ど無く不治の病だった。治療法が進んでいたのがアメリカにゆけば治る可能性があった。しかし金額が1億円。ブラブラ生活の伊集院には1円の金も無かった。これは伊集院を痛めつけた。情けなかったろう。

 夏目雅子が亡くなり、伊集院は途方に暮れた。酒とギャンブルに溺れたが、友達や家族に支えられ何とか苦悩から脱出した。

 長い時間がかかったが、夏目雅子との日々を書くことができるようになり、そのことをコラムで発表することで、作品を造ることに真正面に取り組む決意をした。

 今までも、伊集院の作品は素晴らしかったが、これからの伊集院の作品に出合うことが本当に楽しみになった。

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| 古本読書日記 | 06:40 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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