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津村節子   「果てなき便り」(文春文庫)

 津村は福井県で生まれ、育ったのが埼玉県の狭山市。旧制中学をでて、東京のドレメ学院に入学卒業その後家業を継いで狭山で洋品店をやっていたが、その最中、学習院が一般学生を募集することを知り、新制高校の勉強をしなおし、受験資格をとり学習院短大に入学。その時25歳。そこで学習院大学の学生だった作家吉村昭としりあう。

 吉村昭は当時不治の病といわれていた結核にかかり、21歳の時にあばら骨5本を取り除くという過酷な手術を受ける。

 津村は吉村と同様作家を目指し、学習院文芸部に所属。同人雑誌に作品を発表する。

しかし当然食うに困り、津村は短大を卒業したが、吉村は中退して長男の衣料会社に就職し、衣料の材料の買い付けで、東北、北海道への行商にあけくれ寅さんのような暮らしをしていた。

 吉村の弟健が献身的に病気の吉村を助け、支える。
健は肺結核であばら骨が無くて、辛いとは思うが、兄と結婚をしてほしいと津村に懇願する。津村は小説家を目指しているので結婚はしないと断るが健の熱意に根負けして承諾する。


 私は社会人になってすぐ、吉村の作品「魚影の群れ」が映画化されあの清純派女優十朱幸代がヌードになるということで、すけべごころでこの映画を見に行き、ドラマに感動。そこから吉村作品を集中して読んだ。

 「魚影の群れ」は新潮文庫の中編作品集に収録されていた、その中の「海の鼠」に私は驚き、凄い作家がいると思った。それから「仮釈放」「赤い人」「神々の沈黙」ほとんどすべての作品を読んだ。

 吉村は無名の時代に「青い骨」という作品集を自費出版している。全く売れず、殆ど全部が返品されてきて、狭い部屋に本だらけになったと嘆いていた。

 東京に出張したとき私は、三省堂でこの「青い骨」の単行本をみつけた。自費出版ではなく五月書房という聞いたことが無い出版社からだされていた。

 その中にある「さよと僕たち」を読んでこれぞ小説と感動した。
弟健と福島県からきたお手伝いのさよちゃんの献身的姿があまりにせつなかった。しかし最後にせつなさが鮮やかに希望に転換する。その転換が素晴らしかった。

津村がこの作品で、繰り返し「さよと僕たち」が一番好きな作品と書く。
私も同じと思い。本当に嬉しかった。

 この作品では吉村と津村の交換した手紙がたくさんでてくるが。吉村の手紙は封筒にはいっていなくて、そのまま便せんをホチキスでとめて直接原稿に切手を貼っておくられてきたとのこと。いいなあ、微笑ましくて。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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