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藤沢周平   「漆の実のみのる国」(上)(文春文庫)

 江戸時代米沢藩第9代藩主、上杉鷹山の生涯を描く。藤沢周平最後の作品。上杉鷹山はそれほど知られていなかったのだが、童門冬二が1983年「上杉鷹山」を出版。これに火がつき大ベストセラーとなり一躍有名になった。この本を読めと会社や官僚のトップから指示があり猫も杓子もこの本にとびついた。この本のおかげで鷹山は日本のケネディと一部で称されるようになった。江戸時代の名君としての誉高い藩主である。

 上杉の「成せばなる 成さねばならぬ 何事も 成らぬは人の 成さぬ成けり」あまりにも有名で経営者がよく引く言葉。
鷹山は高鍋藩主秋月種美の次男として生まれる。そして、米沢藩8代藩主上杉重定の養子となり、9代藩主となる。

 上杉という名でわかる通り、越後の武将上杉謙信を祖先に持つ。関ケ原で上杉が敗れ、会津に移封され120万石となるが、そのご米沢藩30万石に移封され、更に領土を割譲され15万石と小さな藩になる。

 しかし越後より抱えていた武士がそのまま縮小されても移動、同規模の藩で抱える武士は通常1000人程度にも拘わらず、5000人を抱え、加えて大凶作が続き鷹山が藩主になったときは20万両の膨大な負債を抱えていた。

 鷹山は、それまで江戸での藩の生活費1500両を209両に大幅減額。武士の扶持を減額したり藩に借り上げしたりして徹底的に経費を削減。これに対し、贅沢三昧で経費削減に抵抗した7奉行を退け、民政家で産業に明るい竹俣当綱や財政に明るい莅戸善政を重用し藩政改革を推進する。

 しかし天明の大飢饉が起こり、負債の返済は進まない。天候に左右されるような米本位制では安定した藩運営はできない。

 そこで竹俣当綱は米に代わる新しい産業を興すことを鷹山に提案する。
それが漆、桑、青芋(あおそ)それぞれ100万本を植え付け育てるということ。これにより15万石の収入は10年後には30万石相当に増大すると提案。これを鷹山も支持する。青芋とは縮綿の材料となる作物。

 産業を興すことは改革の肝であることは正しいが、本当に3つの作物植え付けで、石高が倍増するものだろうか疑問を持ち下巻に進む。

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| 古本読書日記 | 08:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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