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岩城けい   「さようならオレンジ」(ちくま文庫)

 岩城処女作。この作品は、処女作でありながら芥川賞候補になり、太宰治賞、大江健三郎賞を受賞。発表当時話題になった作品。

 物語は戦火を逃れてアフリカからオーストラリアに難民として2人の子供をかかえてやってきたサリマと同じ英語訓練校で学び始めた大学の研究者の夫についてきた日本人女性との齟齬から理解に至るまでの過程を、2人の視点から交互に描く物語になっている。

 互いの理解を味わう物語なのだが、サリマのある行為が突出して印象深く、強烈で、感動する。そこを紹介したい。

 サリマの子供の小学校で、親に「私の故郷」という題で、故郷を生徒たちの前で紹介する依頼がサリマにきた。サリマの村はいつも戦争に見舞われていた。砂地に粗末な家。サリマは思う、自分に故郷なんてあっただろうかと。でも、今までの人生のことをサリマは書いて紹介した。紹介文は「私の故郷」から「サリマ」に変わっていた。
 少し、長くなって恐縮だが、全文紹介したい。この拙いが、純粋な紹介が、日本人女性の心に深くつきささる。

 わたしの家は砂の上にあった。お父さんとお母さんと弟が2人いた。 
 朝おひさまがのぼるとおひさまといっしょに学校へでかけた。
 大きな木のしたで、砂に指で字をかいた。風で字はすぐ消えた。わたしはまたかいた。
 お日さまが空のいちばんたかいところにくると、家でおかあさんの手伝いをした。
 水をくんだり、お湯をわかしたり、それが終わると、弟たちを外で遊ばせながら、いっしょに自分も遊んだ。かけっこも、うたもうたった。おどるのも、いっぱいやった。
 お日さまが沈みそうになったら、弟たちをふろにいれた。せっけんの泡が目にはいると弟たちはぴいぴい泣いた。

 もう学校にいかなくてもいいと言われてからは、はたけを手伝った。
 もうすぐ食べられるよというときに、火だらけになった。火のたまが体のまえにも右にも左にも上にも下にも後ろにもふってきた。私はにげた。大きい弟の手をひいて、小さい弟を抱いて走った、走った。
 あとからおかあさんが追いかけてきた。
 お父さんはおいかけてこなかった。

 おとなになってけっこんした。
 すぐ男の子が生まれていそがしくしていたら、またさわがしくなった。
 だんなさんがにげた。私もにげた、赤ん坊を抱いて。
 きたならしい毛布のうえで、男の子がもうひとり生まれた。
 この子はきっと長く生きられないだろうとみんな言った。
 だから、大きな島にきた。

 砂の上で私は育った。
 お父さん、お母さん、弟たち。
 はたけの作物はぴかぴかしていて、もう食べられる。
 そんなゆめを見ていたと思うことにした。
 オレンジ色のお日さまがいつもうかんでいる、ゆめ。

日本人の作家から、難民を描く作家がでてきたことに感動した。、岩城に心から拍手を送りたい。

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| 古本読書日記 | 06:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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