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北方謙三    「楠木正成」(下)(中公文庫)

 正成は赤坂城、千早城を創り上げ、ここで鎌倉幕府軍と対峙する。正成の軍は500-100。これに対し幕府軍は最初は京都常駐の軍、六波羅探題で応戦、その数2-3000. 正成は、城に責めあがってくる六波羅探題の軍にたいし、大石を放ったり、火攻めにして、反撃する。とても拉致があかないと、数万の規模の軍を鎌倉より幕府は送ってくる。

 正成にはひとつの目算があった。幕府に対し抵抗を長く続ければ、やがて多くの武士が反幕として立ち上がり、自分たちに付くだろうと。しかし、現実はそうならなかった。

 一方播磨で正成に呼応した悪党赤松円心が、京都の六波羅探題を攻める。一進一退の攻防となり、あと少しで六波羅探題を打ち破るところまできたとき、反幕にたった足利尊氏の軍が登場して六波羅探題を破滅させ、京都に君臨する。第二次大戦のソ連軍に似ている。

 この物語でまたよくわからないのだが、足利尊氏と新田義貞が反幕に転じた理由。物語では、幕府が北条氏の手にわたり、これを元来源氏だった足利と新田が政権を源氏に取り戻すために立ち上がったと説明するが、どうにも首をかしげてしまう。

 楠木正成がなぜ帝のために戦ったのか、そして足利がなぜ反幕に転じたのか、この義について、正成と尊氏が語り合う場面が物語にある。
 そこに、高邁な言葉をちりばめ、情熱をこめて北方は描く。それでも、なかなか伝わり切れないと思ったのか、その部分が40ページにも及ぶ。

 その苦心が、長すぎて余計に読者の心を冷やす。

 何か学生運動のアジを彷彿とさせる。そういえば、北方も学生運動はなやかなりしころの団塊の世代だ。このころの世代は、中身が薄いものを、抽象的言葉を多用し、相手を圧しようとして議論するのに夢中だった世代だ。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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