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北方謙三    「楠木正成」(上)(中公文庫)

 私の小学生の頃は、学校には二宮金次郎、少し大きな神社には楠木正成の銅像があった。金次郎はともかく、楠木正成の銅像が何であちこちにあるのか誰も教えてくれなかった。

 この作品には登場しないが、銅像の元になった有名な正成のエピソードがある。

  有名な桜井の別れだ。
正成最後の戦場となる湊川の戦いに向かう途中で、嫡子の正行に厳命する。
自分は今度の戦いで死ぬだろう。そして天下は足利尊氏のものになるだろう。そうなってもお前は後醍醐天皇に最後まで忠臣を尽くせ。

 「忠臣蔵」もそうだが、主君のすることが納得できなくても、臣下にあるものは、主君のために忠臣をつくす。明治維新以降、主君とは天皇である。何があっても最後まで天皇に忠誠をつくした楠木正成こそ、国民がとるべき姿勢であるということを教え、刷り込むために楠木正成の銅像が至る所に建てられたのだ。戦後それが180度ひっくりかえって誰もが楠木正成を崇拝、尊敬する対象ではなくなり忘れ去られ、銅像も廃棄された。

 鎌倉幕府の組織に御家人という地位の武士がいた。幕府より領地が与えられ、そこで農民を使い働かせ、そこから年貢を取り立て生計をたてる。荘園主のような存在。御家人には、幕府に絶対忠誠を誓い、何か危急なことが起これば、即幕府のために駆け付けることが求められた。

 武士が御家人になるかいなかは、自由であった。幕府の力が及ぶ関東では武士は殆ど御家人になったが、関西以西では御家人になる武士は少なかった。鎌倉幕府は思ったほど武士から崇拝されていなかった。

 御家人にならない武士は、非御家人と言われた。非御家人は、御家人の領地を襲ったり、盗賊をしたりして生計をたてる。あるいは楠木正成のように大阪河内に勢力をもち、京都や奈良への物流を一手に握り、お米経済ではないところで、お金を稼ぐ者もいた。彼らのことを悪党と言った。

 上巻では。悪党である正成が、反幕となり、後醍醐天皇とその次男護良親王を主君として、幕府と戦う決意をするまでが主として描かれる。

 しかし、この物語を読んでも、何故正成が天皇に忠臣を尽くし反幕となるのか全然わからない。

 悪党として大きなお金を手に入れている。それができていれば、今の幕府にたてつく必要は全く無い。誰が、国を治めようが関係ない。そのことは、他の悪党たちにもいえる。

 それから御家人は武士だが、非御家人は武士でない。ここも理解ができない。幕府の中心となるかならないかの違いだけでどちらも武士のように思えてしまう。

 帝、公家勢力は、武士でないものを統率して国を統治する。その武士でないものが何であるかがよくわからない。鎌倉幕府を倒しても、また違った武士勢力が天下をとるだけに思えて仕方がない。

 北方は、情熱的な言葉で物語を進めるが、肝心な部分が茫漠としているため、情熱が伝わって来ない。

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