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養老孟司    「毒にも薬にもなる話」(中公文庫)

 孔子の時代には自然科学が存在しなかった。人道はあっても天道はなく意識にも上らなかった。だから、自然科学、天道は意識に上ることは無かった。だから孔子は天道のことについては「語らない」とするしかなかった。

 雷はなぜ鳴るのかと問われれば「怪しい力」としか答えない。生老病死について問われると「我いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。」と答える。

 社会のことは「意識的」だから、脳すなわち意識で統御できる。意識で統御できることを養老は脳化と言う。自然は脳化できない。だから孔子は自然を意識の外へ置く。

 この考えは都市住民の思想である。都市は自然をできるだけ排除する。

今、日本は、自然を基盤としてとりくんでいる人たち、場所を排除しようとしている。テレビで里山とか人生の楽園など一見地方の田舎ぐらしを讃えているように思える番組もあるが、それらはすべて都会というフィルターを通して作られ、語られる。「ポツンと一軒家」などは殆どブラックジョークの域にはいる。

 養老は自身を毛沢東主義者だと言う。毛沢東は文化大革命で、「批孔批林」を訴え行動する。毛沢東は農民の出身で、都会を否定する。毛沢東を批判したことで有名な本はユン・チアンの「ワイルド スワン」。ユン・チアンはロンドンに住み、典型的な都市の住民である。

 地方再生などスローガンを唱えるのではなく、毛沢東がやったように都市住民を一定サイクルで地方に住まわせ、農業や里山の暮らしを実践させる下放政策が必要なのかとこの本は読んで感じさせた。

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| 古本読書日記 | 06:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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