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司馬遼太郎    「微光のなかの宇宙」(中公文庫)

 司馬は大学を卒業して、京都の小さな新聞社で、絵画、芸術を担当していた。だから、その頃、画集を鑑賞したり、たまに個展などをまわり、記事にしていた。それが基礎になり、美術、芸術を観る感性を養った。

 この作品は、美術、芸術について考察したエッセイを収録した本である。

 私たちが学生時代に習った世界史は、その発生はアラビアではあったが、その後は欧州の歴史や中国の歴史であった。しかし、それで世界の歴史を習ったといえるのだろうか。

 釈迦の仏教は紀元前5世紀より始まっている。釈迦の仏教は、戒律を守り、行をおこない、やがて仏教の究極の目的である解脱するまでを説く。しかし、解脱した行者がどんな姿でどこへ行くかは全く無関心。従って、そこには言葉しかなかった。現在の仏寺にあるような神をかたどった仏像や、絵画は釈迦の仏教には存在してなかったし概念もなかった。

 しかし、仏教に帰依し、すがる多くの人々は文字を知らず、仏の姿が欲しかった。

  一方アレクサンダー大王がアジアに侵入してきたのが期限前3世紀。彼らの持つ文化は彫像の文化。それがアレクサンダーの死後も残り、ガンダーラ美術となった。

 西暦5-6世紀。西欧とアジアの交易が盛んとなった。それを担ったのがアラビア商人。もちろんシルクロードもあったが、それ以上に大きな交易ルートはインド洋をめぐる航海貿易だった。

 インドでは世界で初めてダイヤモンドが発掘され金剛と呼ばれた。それにルビーもあったし貴重な皮や、黒檀、紫檀もあった。アラビア商人は、これらの品々を大量に買い付け、アラビアの国々やヨーロッパの国々に運んだ。

 だからインドにはとんでもない金持ちがたくさん誕生した。彼らは解脱した後の世界をすでに現実で享受していた。釈迦の説いた仏教のころは、飢えと暑さと病に苦しんだ人々が解脱を願い仏教によりかかった。

 しかし、もう解脱した世界を享受している人たちは、即身成仏を願う。ここに密教が生まれ、曼荼羅絵や、華麗な菩薩像が生まれる。

 それが証拠の多くの菩薩像は、宝石や宝冠をいただき、耳にはイヤリング、手にはブレスレットをまいている。現生の贅沢をこれ以上にないほど纏ってこの世に現れてくる。

 まだ知らないが、このころのインドではどんな暮らしが営まれていたのか、大いに興味がつきない。

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| 古本読書日記 | 05:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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