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司馬遼太郎    「酔って候」(文春文庫)

 幕末の混乱期、幕府壊滅のための志士を多く抱えたときの藩主の対応を描いた中編集。
土佐、山内容堂、薩摩 島津久光、宇和島 伊達宗城、肥後 鍋島閑叟の有力藩主を描く。
 本のタイトル「酔って候」は、大酒飲みの山内容堂について描いた作品。

 新聞を3紙毎朝読んでいる。言葉が大切、本や新聞を読まない人たちが増加し、この傾向は危険と声高に新聞は叫ぶ。しかし平和が大切とか、国民的議論をするべきとか、交渉によって解決する努力をすべきとか、決まり文句だけが踊り具体的に何をして解決するのか方法は示さない。誰も反対できないような言葉をちりばめて、正義顔しているだけ。

 そんな空疎な主張や記事では読む人たちが減っていくのは当たり前。きれいな言葉を羅列して、何も解決に到達しないむなしい遊びから脱却しないと、新聞は本当に見放されるのではないかと毎朝ため息をつく。

 この作品では、肥後の鍋島閑叟にシンパシーを感じた。

閑叟は幕末、口角泡をとばして、天下を論じる志士や藩主たちに辟易。もう、彼の領地の長崎には多くの海外の艦隊がきている。隣清国は、欧州の列強に踏み荒らされている。そんなときに、尊王攘夷だとか、無意味な議論をしている場合ではない。

 彼は日本で初めての戦艦を建造する。最新式の銃を輸入して、配下の武士に持たせる。砲門を築き外敵に備える。
 その費用を長崎を通じて、貿易することで得る。

彼は問う。頼朝と清盛でどちらをとるか。みんな頼朝をとる。しかし閑叟は清盛だという。
 「清盛は貿易を開き世を富ませようとした。」と。

そして、武士とは何かについて言う。
 「世間に横行している二本差しの侍まげは、あれは当人は武士だとおもっていても、実は300年前の武士の亡霊で、武士とは言わぬ。
 武士とは戦いに勝てるものをいうのだ。今佐賀藩百人と他の武士千人と合戦してみよ。佐賀藩が勝つのに四半時かからぬ。」

 日本もいつからか、ビジネスプロセスやリーダーのありかたを議論することばかりになり、空論がとびかいその間に経済的地位が落ちた。戦略とは現実を熟知しそこからの飛躍だ。

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| 古本読書日記 | 06:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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