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司馬遼太郎   「馬上少年過ぐ」(新潮文庫)

 短編集。タイトルになっている作品は、伊達藩主で名君の誉高い、伊達政宗の生涯を描く。

司馬遼太郎の短編を含めた作品は、残存している史料に従って描かれる。もちろん司馬自身の想像も多く含まれるが、史実、史料を逸脱することは避けるため、どうしても作品の切れ味がやや欠ける。

 それでも、まれなのだがこれは鋭いと思う作品にであうことがある。その場合は、現代社会の矛盾、摩擦を歴史物を通して描いた作品の場合である。

 この作品集では「重庵の転々」である。

重庵は南伊予の山の中の村、深田で医者をしている。土佐から入ってきたが、今の自分の状況に不満で、いつか武士になり、そこで立身出世することを強く望んでいる。伊予は四国でも有力の藩だが、幕府は、そのうちの宇和島を中心として十万石の藩を分割する。分割してできた藩は仙台伊達藩の支藩として、伊達藩より藩主を含め統治者がやってきた。この宇和島藩には4人の男子がいたが、長男、次男が亡くなり、結果三男が継いだが、四男が可哀想ということで、小さい藩にもかかわらず、宇和島の隣の吉田町を分離して、三万石の藩を作り、四男宗純が藩主となる。

 この宗純が、背中に肉腫ができる病気になる。いろんな医者が治療してみたが、治癒できず重庵に治療の要請がくる。これを見事に快癒させ、重庵は侍医として吉田藩に抱えられる。

 さらに流れてきた剣術師との果し合いに、吉田藩の武士がたたきのめされたが、重庵が剣術師を打ち殺す。そして打たれた味方の武士を、てきぱき治療しけがをなおす。

 この結果武士に抱えられ、しかも一気に藩主の側近家老に就く。
 重庵は、山を削り、海を埋め立て、耕地を拡大し、結果藩は財政難から脱する。同時に高禄を食んでいる4人の以前の側近の地位をめしあげ、彼らの家を取り潰す。

 重庵は、自分こそ吉田藩を立て直した功労者と自負。全く周りが見えなくなっていた。そして、彼は前の家老が住んでいた大屋敷に住む。それ以前は小さな平屋に住んでいて。大屋敷に移るのはやめたほうがという側近もいたが、一切耳をかさなかった。

 ここから転落が始まる。

 今では盛んにおこなわれている希望退職という首切り。どの会社でも部門別に首切り数のノルマがある。これを冷淡に断行して、その成果を踏み台にして出世の上昇運に乗る人がいる。重庵がその典型だ。そして天下をとったように実行者はふんぞり返る。

 「希望退職募集」というのが一番会社をゆさぶる。しかしその後遺症はずっと続き、会社を腐らせてゆく。

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| 古本読書日記 | 07:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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