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朝日新聞社会部編   「東京地名考」(下)(朝日文庫)

 板橋区小茂根。
17000年前、日本は大陸と地続きだった。旧石器時代、人間は黒曜石を削りナイフ替わりにして狩猟生活をしていた。
 有名な縄文時代以前の遺跡として群馬県岩宿遺跡が昭和24年に発掘され、その2年後に当時中学2年生だった滝沢浩君により旧石器時代の遺跡が小茂根で発見される。小茂根の茂をとり茂呂遺跡と名付けられた。

 足立区六月。
ここには、源頼義・義家親子が安部氏と戦った場所炎天寺がある。六月の炎天下で戦ったので地名が六月となった。
 この六月に一時期俳人小林一茶が滞在していた。そして有名な句
「やせがえる 負けるな一茶これにあり」
を作った。これ本当?ずっとこの句は長野県で作ったと信じてきた。

 武蔵野市緑町。
ここに昭和26年5月に東京ドームを凌ぐ、球場が作られた。両翼91.4M、収容人員5万1千人。今のヤクルト、当時国鉄スワローズとフランチャインズ契約を結ぶ。しかし、武蔵野台地は風がつよく、しょっちゅう砂ぼこりや土煙が舞い、試合がとまる。3年でやむなく解体にいたる。

 国分寺市多魔蘭坂。
西武鉄道が学園都市をめざして土地造成をする。そして一橋大学誘致に成功する。最寄り駅は国立。駅から徒歩で30分。これがずっと上り坂。梅雨時になると赤土の坂が泥んこ。こりゃあたまらんということで坂の名前が多魔蘭坂となる。

 国立
学園都市の国立から名前がつけられたのではない。国分寺駅と立川駅の間にできた駅なので国立駅となった。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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