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松田美智子   「新潟少女監禁事件 密室の3364日」(朝日文庫)

 1990年11月13日新潟柏崎市、当時9歳だった学校帰りの少女を車で拉致し犯人は自分の部屋に監禁した。それから2000年1月28日、何と9年2か月の後にやっと発見され保護される。9歳だった少女は発見されたときには19歳になっていた。衝撃的な事件だった。

 当時この事件の副作用で、2件の疑問がわきあがり、警察の対応に猛批判が沸騰した。

犯人の佐藤亘行は、事件の一年前、同じ少女拉致事件を起こし、刑の執行猶予中だった。少女拉致事件が起きることは極めてまれだ。だからまず佐藤が浮かび、捜査をしていれば、すぐ逮捕され、少女は解放されていたのに、柏崎署では佐藤のことを誰も思い浮かべることがなかった。

 更に、県警の百田刑事部長が本部長の小林にこの事件の報告をしたとき、小林は中田関東管区警察局長を接待するため温泉に向かっていた。本来なら、引き返して陣頭指揮にあたらねばならないのに、温泉に行き麻雀接待をしていた。

 そうだったと当時を思い出し、この2人はその後どうなったと思っていたら、この作品で2人とも依願退職をして退職金は辞退したと書かれていた。とんでもない接待になってしまった。

 松田さんにはこの事件を扱ったもう一つの作品「少女は何故逃げなかったのか」があり、こちらでは松田さんの考えをベースに事件を深く掘り下げているが、紹介の作品は、事件の裁判経過をひたすら追い続ける作品になっていて、松田さんの考えはあまりでていない。

 監禁拉致の刑の上限は10年の懲役である。

この裁判記録を読んでいると、違和感を覚えた。犯人の佐藤は、拉致したことも認識していたし、部屋に閉じ込め、暴力をふるい少女が逃げないようにしていたことも認識していて裁判でも証言している。それにも拘わらず、自己愛性人格障害や分裂症の疑いがあるということで弁護側から精神鑑定の依頼がでて、裁判官が鑑定を認めていることである。確かに精神的障害を佐藤は持っていたかもしれないが、そのことが事件を引き起こし、拉致監禁に至ったことには何の影響を及ぼしてはいないのに。

 さらに、佐藤は少女に与える下着を万引きで手に入れている。これが、拉致監禁との併合罪となれば、最高刑の1.5倍、15年の懲役刑が可能となる。

 しかし、特定された万引きは2000円相当で、店への弁償も母親より済んでいる。この微罪を併合罪に繰り入れるかが一方争点となったが、繰り入れは無理筋と思われた。

 しかし一審では、併合罪として繰り入れして懲役14年の判決が下った。当然、精神障害の影響についてはほとんど退けられた。

 それが2審になり、併合罪の繰り入れにより4年もさらに刑を伸ばすことはしてはいけないということで11年の刑となった。

 しかし、9年2か月はあまりにも長すぎ、少女には苛酷すぎた。14年の判決は法律的には長すぎたが、苛酷さに厳罰をくだすべきとの世間の声が大きく、最高裁は2審の判決を破棄し、14年の判決を支持した。世間の心情が判決に影響を与えたのだ。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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