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三輪和雄    「羽田沖日航機墜落事故」(朝日文庫)

  1982年2月、羽田沖でDC8型機が墜落。死者24人、重軽傷者150人の大惨事となる。およそ40年前の事故だが今でも、機長が、真っ先に救出され、ボート上で表情がない、どことなく薄笑いをうかべているような写真にゾクっとしたことを覚えている。

 この作品ではZ機長になっているが、片桐機長という名前は記憶から消えない。

 着陸寸前機長が自動操縦装置を手動に切り替え、突如操縦桿を前に倒し、機首を下げながらエンジンの推力を絞る操作とエンジン4基のうち2基の逆噴射装置を作動させる操作を行ったため、機体は前のめりになって降下し羽田沖に墜落した。

 片桐機長は、精神的変調をかなり前からきたしていて、慈恵医科大の精神科や、日航契約の精神科医に診てもらっていた。結果、心身症、うつ病と診断されていたが、フライト近くの診断で病気はかなりよくなり、FLIGHTに支障は無いと医師が判断し、FLIGHTを行った。

 すこしびっくりしたのは、うつ病や心身症でも、操縦士としてFLIGHTができることだ。

 神経を病んでる患者の正確な病名をつきとめるのは難しい。他の病気のように身体の形状の変化を診ることができないから。患者との会話や表情から病気を判断するからだ。

 しかも、片桐機長の病気は心身症ではなく、精神分裂症であった。精神分裂症は妄想と現実の区別が無くなり、二重人格症となって現れる。

 事実このFLIGTの際でも、「ソ連機が襲撃してくる。」「いね、いね」と声をあげている。いねとは帰れという意味である。

 実は、精神分裂症は対面会話で病気をつきとめることは困難だそうだ。というのは、患者が症状を抑えて対応するからだ。だから、周囲の人たちや家族から言動におかしいところが無いか調査して診断を下す。

 著者の三輪は、事故後関係者や家族を丹念に調査して、片桐が精神分裂症であることを突き止める。そして、これだけ症状がでているのに、全く当時の精神科医に情報が上がってきていないことを強く批判する。

 しかし、それは事故が起きた後だからわかること。通常は、周囲がおかしいと思ってもそんなことを報告するわけがない。それは情報提供になるよりチクリとなり被害は告発者に及ぶ危険が大きい。

 パイロットの給料は高給。その殆どが乗務手当。家族も異常を報告しない。その瞬間に手当が消滅するから。

 日航もこの事故以降、健康管理室を部に格上げして、当然精神科の専門医も常駐させて、パイロットの健康管理に万全を期す体制となった。
 しかし、それでも同じような事故を防げる体制となったかはかなり疑問だ。

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| 古本読書日記 | 06:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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