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司馬遼太郎   「花神」(上)(新潮文庫)

 江戸末期の第2次幕長戦争や明治維新の戊辰戦争で、軍隊を指揮し、勝利に導いた長州出身の大村益次郎の生涯を描いた3巻にわたる大長編。大村益次郎は日本陸軍の創始者として靖国神社に記念像がある。

 大村益次郎は。長州の田舎村に村医の子として1824年に生まれる。医学の習得に長崎などをまわり、その後当時医学の最高峰といわれた大阪の緒方洪庵の適塾に入塾、塾頭にまで上り詰める。

 その後江戸に出て「鳩居堂」という塾を作り、オランダ語、医学を教える。この時期オランダの兵学書を読み、兵法、兵術を獲得する。

 ペリーが浦賀にやってきて、それにより西洋文明を学ぶことの重要さを認識した、伊予藩主伊達宗城に俸禄100石の藩上士として招かれる。そして宗城に大砲と砲台及び軍艦を建造しろと命令を受ける。当時日本は、帆船だけで蒸気船は無い。蘭学兵法書を解読して、天才的職人嘉蔵とともに3年で砲台大砲と蒸気軍艦を作り上げる。ただし薩摩藩のほうが建造は少し早く日本最初ではなかった。

 その後、長州藩に嘱託として招かれ、幕長戦争の指導者にあたることになる。
ここまでが第一巻。

 この第一巻で、司馬は明治維新は革命だったという。革命とは、それまでの伝統や思想文化をすべて捨てて、全く新しい文化思想を創造することである。日本は明治維新でそれまでの思想、政治の根幹をなしていた儒学や、中国から移入していた漢学をすべて捨てた。また仏教についても廃仏毀釈として捨てようとした。ここまで徹底した革命は世界でもわずかだ。西洋においても、インドなどでも革命は起きたが、自らの風習宗教までは否定するものではなかった。

 江戸時代は西洋の窓口はオランダ。だから蘭学が重要な学問、西洋の言葉はオランダ語。

しかし、開港した横浜には全くオランダ語の看板もなく、言葉としても通用しなくなった。するとあっさり蘭学を捨て、英語、仏語、ドイツ語を習得することに力をいれる。

 この切り替えの明白さこそ明治維新の核心である。なるほどと思う。

 この「花神」では、司馬の作品ではめずらしく、シーボルトの娘イネと益次郎の恋物語が描かれ潤いを与えている。 

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