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乃南アサ   「殺意・鬼哭」(双葉文庫)

 殺人事件の加害者真垣徹は36歳。被害者の的場直弘も36歳。真垣が14歳のとき、的場は真垣の家庭教師となる。その後、2人は、学生時代、社会人と通じて大の友達となり、20年後に真垣は的場を殺害する。

 物語は2つに分かれている。一つは真垣が逮捕され、裁判から8年の獄中生活で出所するまで真垣の視点で書かれた部分。それから的場がナイフで刺され、死ぬまでの間、真垣との関わり、それに今までの自分の人生への追憶を的場の視点で書かれた部分である。

 真垣は的場を殺害したことは認めるが、動機については一貫して裁判終了まで黙秘をする。

 物語では事件が起きる3年前、真垣の電話に的場が「呆れて物が言えねえよ!」と叫んだとき、真垣に的場を殺すしかないと決意したとだけ書かれる。

 動機が明確でないのは、作品を読んでいても、把握感が全く無く、読むことがかなり苦痛となる。

 乃南は、動機が不明ということで、裁判での精神鑑定に多くを割く。これが専門的、学術的、普通こんなところまで鑑定士が、裁判で表現しないだろうと思えるところまで描く。

 この物語で、びっくりしたのが、以下の理論。

新人類が登場する以前のネアンデルタール人までは、動物や自らの種を殺すという本能は無かった。それゆえ、他から攻められると守ることはしても攻めはしないからすべて絶滅した。

 しかし16万年前に登場した新人類は、殺すということを本質として所有しており、それ故、生き抜くことができた。人を殺すということが罪だということになったのは、数千年前のことで、人間の歴史からみればつい最近のことである。

 人の命は尊い、平和が大切、人殺しは悪という考えを創造して、本能の殺すを押し込めるようにしてきた。

 真垣は「呆れて物が言えねえよ!」の的場の叫びで、本能の殺すが動き出す。殺すまでに3年」かかったのは、殺すを抑制している近代の価値観、概念の皮をひとつひとつ剥くのに時間がかかったため。

 何だか私たちは、人間の本質である殺戮欲求を無理をして人殺しは悪などの概念の皮で何とか覆いつくしているのかと思いため息がでた。

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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