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司馬遼太郎    「世に棲む日々」(二) (文春文庫)

 松陰は、通行手形を所持しない東北旅行で罪を問われ、実家の松本村で蟄居となる。松下村塾に松陰が関わったのは、蟄居から、安政の大獄で死刑になるまでのたった3年間。その時に高杉晋作が入塾してくる。

 黒船でやってきたペリーは日米通商条約を幕府が締結するか決定するための期間を1年と定め、1年後に再度日本にやってくると通告してアメリカに帰国する。
 松陰はその一年後にペリーの軍艦に乗り、アメリカに行こうと企てる。
 この企てはペリーの拒否にあい失敗する。

そして井伊直弼が大老となって登場して、幕府転覆を企てると思われる者をすべて捕獲し、処刑する安政の大獄を行う。これにより松陰は捕まり、死刑を執行される。

 この第2巻で、松陰の考えというか司馬の考えかもしれないが明確にされる。

革命の初期には思想家が現れる。しかし、思想というのはすべてフィクション虚構である。虚構を論ずるものは、それにより権力者たちから弾圧にあい非業の死をむかえる。

 しかし革命中期には、卓抜な行動家が現れる。この行動家は狂者である。高杉晋作、坂本竜馬、西郷隆盛がそれにあてはまる。

 そして、その後、国を統治する戦後処理家が登場して、新しい秩序、社会を作り上げる。伊藤博文、大久保利通などがそれに該当する。

 さらに当時何が何でも攘夷という時代だった。それで、幕府が外国と通商や和親条約を結ぶのは絶対ダメという世論が圧倒的だった。

 それに対し、松陰や晋作は、海外と通商をはじめ交流条約を結ぶのは必要という立場だった。
アヘンのように海外から購入を要求されるが、日本には売る物が何もないではない。だから海外の国に日本を開放してはならない。
 松陰や晋作は、だったら売れる物を作ればいいと主張する。

幕藩体制では、徳川幕府は、多くの藩の一つに過ぎず、日本全体の統治者にはなっていない。従って、徳川が日本を代表して条約を締結するのは許されないこと。徳川は通商の窓口を全部幕府直轄領を通じて行い、その権益を全部徳川が受けいれるようにしている。

 こんな体制はあり得ない。だから、徳川を破滅させ、そこから日本を代表する政府を確立せねばならないと松陰や晋作は考え明治維新に突き進む。

 2巻に至り、松陰、晋作の考えがクリアーになり、その正しさに拍手を送りたくなった。

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