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司馬遼太郎    「尻啖え孫市」(講談社文庫)

 天下無敵の織田信長が、あまり知られていないが、何度戦っても殆ど勝利できず、最後の戦いも敗れた敵がいた。こんな敵、歴史上には殆ど登場しない。それは歴史資料というのは勝利した側によって書かれているからだ。それと、この敵は、戦をして負けた相手の領地を獲得、その結果最後は日本を支配しようという意図が全く無く、戦に勝つことだけを目的にしていた。だから歴史上重要な人間ではないからだ。

 それは、南紀に根城にしていた雑賀衆。その首領が雑賀孫市。この地には4つの部族がそれぞれ領地を持ち治めていた。

 雑賀衆は鉄砲使いが日本で当時最も優れていた。だから戦国時代、全国制覇を争った諸国領主たちは、勝利するためには雑賀衆を味方にすることが必須。雑賀衆は、領主たちから莫大な報奨金を獲得することで、部族を収めていた。

 雑賀孫市はもちろん実在の人物なのだが、殆ど資料は無い。そのことが司馬の想像を膨らませ、縦横無尽に孫市を活躍させて、楽しいエンターテイメント小説に仕上げている。

 まず、破天荒なのは、孫市が戦をする動機は、彼の理想とする女性のためだけということ。その女性のためには、絶対勝つという信念で一族あげて立ち向かう。

 これは、天下をとるなどという動機より、直接的で熱い動機。ばからしいとは思うが、最も納得できる動機である。

 それから戦国時代、領主にとって、別の領主だけが戦の相手ではない。

 当時は寺が強かった。寺は、商売の権益を握ったり、道路に関所を設けそこから通行料をとり莫大な資金を得て、その権益を守るため、多くの僧兵を有していた。歴史の教科書では、

関ケ原とか長篠などの合戦を詳しく説明し、寺と領主の戦いは数行ですませているが、領主同士の戦いより苛烈な戦いが寺と武将たちの間で繰り広げられていた。

 その最大の戦いが、石山本願寺と織田信長の戦い。石山本願寺は今の大阪城のある場所にあった。敷地は現在の大阪城公園の倍だったそうだから、その寺の威容はものすごいものがあったはず。

 本願寺は浄土真宗の本山。浄土真宗はキリスト教に似ていて、神の存在を認めていた。それが阿弥陀仏。阿弥陀仏を信じれば、阿弥陀様が死後の安らかな世界に救ってあげるという宗教。

 この宗教が蓮如という名僧が登場して、全国に燎原のごとく広がり、ものすごい数の信者が集まる。これが背景にあるから、武将もなかなか鎮圧できない。

 孫市もこの戦いに巻き込まれる。その動機は美人信者である小まちに憧れて。そして、悉く、信長を打ち破る。

 しかし、本願寺には、国家制圧という意図が無かったため、最後は本願寺と織田信長が単独講和をして、戦いは終了する。

 歴史にもしがあり、本願寺が治める日本ができたらどうなっていただろう。宗教国家は恐ろしいかそれとも・・・。

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