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白石一文   「ここは私たちのいない場所」(新潮文庫)

 釈尊は妻子をすて悟りの道にはいる。そして弟子たちに妻帯を禁じた。イエス キリストも妻を娶っていないし、子供ももうけていない。彼も弟子たちに妻帯を禁じている。それだから、カトリックでは神父は独身を通すし、修道士は童貞をもって本分としている。

 この世界で最も尊宗を集めている二人が性交渉を拒絶し、人類の存続を拒否している。人類が、2人の教えに忠実に従っていたら、人類はすでに絶滅していただろう。

 主人公の芹澤は大手食品メーカーの常務に上り詰め、次期社長も視野にはいっている。しかし、部下の妻と愛人関係を持ち、それで部下の不祥事に連座して、会社を退職する。

 人は、生殖機能を持つことにより、子供から決別して大人の世界にはいる。やがて、恋をして、結婚し、子供を持ち家庭をつくる。

 芹澤は、ずっと独身を保つ。結婚や家庭を持つことを拒否してきた。ということは子供の世界を貫いてきたということ。

 彼の大学時代の友人がブラジル単身赴任中、飛行機事故にあい、幸いにも軽傷ですむ。友人はブラジル赴任を無事勤め上げれば役員の道が約束されていた。しかし、友人は会社に日本に帰してくれるよう直訴した。家族の絆まで犠牲にして働くことに価値を感じなくなったからである。

 芹澤は思っている。家族を抱えた人たちは致命的な弱点を持っている。妻や子供を持つということは、会社を辞めるという選択肢が無い。そのため、人生のなかで思い切って力の限りアクセルを踏むということができない。

 芹澤はいくつかのるかそるかという場面にぶつかり、その度に、思いっきりアクセルを踏み人生の階段をかけあがってきた。それは、結果、満足と喜びを与えてくれた。誰にも依存しないことを目標にして生きてきた。誰にも頼らないことが信条だ。子どものようにわがまましほうだい、思い通りの人生を生きてきた。

 独身を意に沿うものとして貫いている人はまだ多くなく、独身のままにおいやられている人が殆ど。

 芹澤のように信条に従い独身をつらぬく。しかも、釈尊やキリストのように生殖活動を禁止しているわけでなく、愛人を持って堪能している。

 芹澤の生き方、殆どの人は実現不可能。そんな人の人生の悩みを物語で提示されても、実感が沸かない。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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