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村松友視    「北の富士流」(文春文庫)

 第52代横綱で、現在NHKの相撲中継解説者の北の富士の魅力を描いた作品。
直木賞作家の村松。力量十分の作家の北の富士伝。さぞ北の富士の魅力満載だろうと思って手に取ったが、まったく肩透かしだった。

 村松は北の富士のどんな魅力を伝えたかったのか全くわからない。北海道の友人や、妹さん、部屋の力士などいろんな人にインタビューを試みているが、なるほどとうならせるエピソードは全く無く、通り一遍の対談になっている。

 盛んに村松は、北の富士が、千代の富士、北勝海を横綱に育てあげた名伯楽と持ち上げるが、肝心のどのようにして育て上げたのか全く語られない。「遊んでもいいけど、稽古だけは怠るな」と言ったくらい。

 北の富士。その登場は私には強烈だった。十両で史上3人目の全勝優勝をかざり幕内にあがる。そして新入幕で13勝2敗。たった2場所で三役小結を射止め、史上最速で入幕から3役までかけあがる。

 しかし、そこからがいけない。小結になった北の富士初日から4連勝するが、5日目から全く勝てず、何と11連敗。小結を陥落。しかし翌場所頑張り敢闘賞を獲得。関脇になったが、2場所で平幕に落ち、それから3役に返り咲くまで2年を要している。

 大関まで時間がかかる。その間に北の富士は「ネオン無情」という演歌のレコードをだし、夜のヒットスタジオにも出演している。この後増位山や竜虎がレコードを吹き込むが、歌手デビューは相撲界では北の富士が初めてである。

 本当にこいつは何をやっているのだろう。こんなことをする暇があったら稽古に励めとあきれ返った。

 とにかく自分の取り組みが終わると、髷も落とさずそのままそそくさと銀座のクラブへ直行。夜の帝王。プレイボーイ横綱。本場所休場してハワイでサーフィンを楽しむ、反社会的団体との交流など、相撲とは関係ないことで世間を賑わす。

 北の富士といえば、玉乃島を思い出す。玉乃島の十両昇進は北の富士に3場所、幕内は1場所遅れ昇進。小兵ながら鍛えた足腰が強く、反身で堪え、釣ったり投げ出したり切れ味の鋭い右よつの力士だった。北の富士が三役と平幕の間でもたもたしていたころ、関脇で追いつき、両力士は大関を目指すライバルとなった。

 北の富士は10勝、8勝、10勝、10勝と大関昇進の基準はかろうじてクリアしていて、大関に引退がでて、お情けで大関昇進を得た。玉乃島も1場所遅れで大関昇進。

 まさに「北玉時代」が到来した。
その後、玉乃島が13勝2敗で優勝。北の富士は12勝3敗で準優勝。

 玉乃島の横綱昇進は無条件に承認されたが、北の富士ももめたが同時昇進。
 玉乃島は名跡「玉の海」を継ぎ、大相撲は新時代をむかえた。
ところが玉の海が病に倒れ27歳の若さで急逝。

 これに当時私は衝撃を受けた。遊び惚けている北の富士一人横綱である。この時私は相撲から完全に興味を失った。

 それにしても、北の富士は現役時代10回の優勝を飾っている。その強さの秘訣を村松が解き明かしてくれ、私をもう一度相撲へ引っ張ってほしかった。残念である。

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| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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