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井上荒野    「さようなら、猫」(光文社文庫)

 井上さんは大変な愛猫家とどこかで読んだことがある。そんな猫にたいする溺愛があふれ出している作品集かと思ったら、全然印象が違った。
 どちらかというと猫は脇役で、猫にまつわる人間の物語だった。

井上さんらしく、さらさらと物語は流れ、何もわからないまますっと消えるように物語は終わる。
 どの物語も、小説の常道である起承転結が無い。人生に起承転結は無い。昨日があり、今日があり、明日がある。それが淡々と流れていくだけ。井上さんの小説はそんなことを主張している。

 例えば、この短編集に収録されている「名前のない猫」。

主人公の亜生は高校生だが、登校拒否でひきこもり。母親は学校でのいじめがあり、それが原因ではないかと思い心配しているが、いじめなどない。ある朝起きたら柱時計の時間を告げる音がして、寝坊したことを知り、そこから学校へゆくのが面倒くさくなり、登校拒否になってしまった。

 亜生には、その場をとりつくろうために、嘘を言う癖がある。

母が友達のウルスラさんがキャットシッターをしていると亜生に話し、亜生もやってみることになった。キャットシッターというのは、猫の飼主が家を何日か留守をしている間、代わった猫の世話を請け負う仕事だ。

 依頼主の吉田さん。静岡にいる娘が子供を産みその世話で1週間家を空ける。その間飼い猫の世話を亜生にお願いする。

 借りていた鍵でドアを開けるが猫は出てこない。「たま~」「ねこ~」と呼ぶがでてくる気配はない。殆ど汚れていない猫トイレを掃除。そして猫をあちこち探すが猫は見つからない。

 電話が突然鳴る。15回呼び出し音が鳴るがそこで切れる。そして、また電話が鳴りおなじことをくりかえす。3度目の電話に受話器をとる。
 「あんただれ?お母さんはどうしたの?」
 「今、外出しています。」
 「どこへ行ったの。」
 「どこへ行ったかわかりませんが、夕方には戻られます。」
と言って電話を切る。

 猫もいないし、やることもないから亜生は帰ることにする。その際「キャットレポート」を書かねばならない。このレポートにより、世話代が支払われる。

 亜生の書いたレポート。
「4月28日晴れ訪問時間16:00-17:00
 ドアを開けると。タマちゃんは2階から元気に飛び降りてきました。」それから、猫が食事をする様子。ネズミのおもちゃで遊んだこと。ブラシをかけたら喉をゴロゴロならして喜んだ様子を書いた。そして
「人見知りをするというお話でしたが、実はとっても社交的です。」
亜生は思う。どうしてこんなにスラスラ嘘をつけるのだろうと。

 ここで物語は終わる。
 本当の物語はここから始まるのかもしれないのに、突然終わる。

 日常には、物語なんて無い。さらさらと、時だけが流れてゆくだけ。

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| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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