司馬遼太郎 「空海の風景」(下)(中公文庫)
空海の遣唐使船には、ライバルとなる最澄も乗船していた。遣唐使船は4船で組織され、空海は第1船、最澄は第2船に乗り2人は交わることはなかった。
最澄は、奈良仏教を越えようと思っているときに「法華経」に出会い、これこそ自分の信念を裏付ける仏教だと思い、この教を所衣の教典としている天台宗を習得するため遣唐使船に乗る。後ろ盾である桓武天皇により官費での派遣、一方、空海は私費での渡航である。
最澄は唐の都長安には行かず、台州の天台宗本山に向かう。天台宗習得と教典を持ち帰ることが目的だったからだ。
そして最澄は、越州で日本帰還船の出発を待つ間、密教も知っておく必要があると思い、密教の寺に一週間ほどいて、即席で密教を学ぶ。
一方、空海は長安竜寺で密教の正嫡である恵果和尚に教えと修行をしてもらい、正統な継承者真言密教第八世法王として承認され日本に帰国することになる。
桓武天皇のバックアップはあったものの、最澄が帰った日本では、密教への期待が高まっていて最澄に密教の教えを乞う人々が多くなっていた。
一方、空海は遣唐使船に乗船するため、明州にきたところ、最澄が越州に立ち寄り密教を学んでいったことを知りあせる。
最澄は、密教を教えなければならないが、さすがに一週間程度の即席習得では、とても教授できるまでには至らない。
そこで、密教の教えと教典を貸してくれと空海に頭をさげる。しかし、最澄は天台宗の布教や朝廷での官僧としての仕事が忙しく、空海のもとへ足を運ぶことができない。そこで2人の弟子を空海のもとに派遣して、彼らに学ばせようとする。
空海は、密教習得は単に教典を読むだけではなく、恵果から受けた修行も習得せねばならない。それなのに、最澄は教典を借りるだけで、習得は弟子にまかせ、修行もしないと怒り絶縁となる。
その後後ろ盾であった桓武天皇もなくなり、最澄の力は急速に衰退。逆に空海は真言密教の教祖としてあがめられ、絶頂期をむかえる。
空海は日本帰国後、最澄が空海からみたら偽密教教祖として絶頂にも拘わらず、それをひっくりかえすためにすぐに都にはいかず、大宰府で過ごす。
これが謎なのだが、ここでも司馬流の長い想像物語が展開される。
その想像は、私にはそれはないと思われる内容。こういうところは、短くきりあげ、冗長的なところを無くしたほうがよかったのではと思う。調査したこと、思いついたことはすべて書きたい。その思いが強すぎた作品だった。
ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。

最澄は、奈良仏教を越えようと思っているときに「法華経」に出会い、これこそ自分の信念を裏付ける仏教だと思い、この教を所衣の教典としている天台宗を習得するため遣唐使船に乗る。後ろ盾である桓武天皇により官費での派遣、一方、空海は私費での渡航である。
最澄は唐の都長安には行かず、台州の天台宗本山に向かう。天台宗習得と教典を持ち帰ることが目的だったからだ。
そして最澄は、越州で日本帰還船の出発を待つ間、密教も知っておく必要があると思い、密教の寺に一週間ほどいて、即席で密教を学ぶ。
一方、空海は長安竜寺で密教の正嫡である恵果和尚に教えと修行をしてもらい、正統な継承者真言密教第八世法王として承認され日本に帰国することになる。
桓武天皇のバックアップはあったものの、最澄が帰った日本では、密教への期待が高まっていて最澄に密教の教えを乞う人々が多くなっていた。
一方、空海は遣唐使船に乗船するため、明州にきたところ、最澄が越州に立ち寄り密教を学んでいったことを知りあせる。
最澄は、密教を教えなければならないが、さすがに一週間程度の即席習得では、とても教授できるまでには至らない。
そこで、密教の教えと教典を貸してくれと空海に頭をさげる。しかし、最澄は天台宗の布教や朝廷での官僧としての仕事が忙しく、空海のもとへ足を運ぶことができない。そこで2人の弟子を空海のもとに派遣して、彼らに学ばせようとする。
空海は、密教習得は単に教典を読むだけではなく、恵果から受けた修行も習得せねばならない。それなのに、最澄は教典を借りるだけで、習得は弟子にまかせ、修行もしないと怒り絶縁となる。
その後後ろ盾であった桓武天皇もなくなり、最澄の力は急速に衰退。逆に空海は真言密教の教祖としてあがめられ、絶頂期をむかえる。
空海は日本帰国後、最澄が空海からみたら偽密教教祖として絶頂にも拘わらず、それをひっくりかえすためにすぐに都にはいかず、大宰府で過ごす。
これが謎なのだが、ここでも司馬流の長い想像物語が展開される。
その想像は、私にはそれはないと思われる内容。こういうところは、短くきりあげ、冗長的なところを無くしたほうがよかったのではと思う。調査したこと、思いついたことはすべて書きたい。その思いが強すぎた作品だった。
ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。

| 古本読書日記 | 06:12 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑