FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

井沢元彦 「(決定版)『宗教と戦争』講座」(徳間文庫)

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、神道、儒教、それぞれの成り立ちと中身を説明し、その対立と現在起きている戦争の背景を解き明かしている。

 この本で初めて知ったのだが、キリスト教の教えを説教する人、カトリックでは「神父」といいプロテスタントでは「牧師」という。

 神父は、神と人間の間にたつ特別な階級で、いわゆる俗人より高い道徳水準を要求され、結婚は許されず生涯独身で通す。神父には階級があり、神父は最初司祭であるが、その上が司教、大司教となり、更に枢機卿、教皇となる。神父になるためには、女性を断ち、酒も断つ厳しい修行を受けねばならない。

 一方プロテスタントの「牧師」には階級はなく、一般信者と地位は同じ。ただ、信者の代表を務めているというだけ。だからもちろん結婚も認められている。

 キリスト教では、人間はすべて平等に造物主神により造られる。そして神により一定の奪い難い権利が人間に付与される。
 この権利が基本的人権といわれるものである。

死刑は日本では、殺人の状況、殺害者の人数などにより、当然のように決定され執行される。
 被害者のサイドに立てば当たり前のように思うのだが、多くの国々では、死刑は廃止されている。この背景がどうしてかわからない。

 基本的人権とは神が直接人間に付与している。神が付与しているものを、人間がかってに、殺人者だからといって、死刑にすることは許されない。どんな悲惨な殺人をおこしても、その殺人者は基本的人権を持っている。だから、死刑などしてはならないのである。

 欧米では、決まった期間服役して出所すれば、一般の人として犯罪者をあっけらかんと扱うのだそうだ。

 死刑が無いのはその背景にキリスト教があったのか。なるほど。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT