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石原慎太郎、瀬戸内寂聴 「人生の恋文 往復書簡」(文春文庫)

 人生の運命や、知識、記憶のいくつかを石原が取り上げ瀬戸内に書簡を送る。それに対し寂聴が答える書簡集。

 フランスの作家で、文化省大臣も務めたアンドレ・マルローは薬師寺の弥勒菩薩をみて、日本文化芸術について「一瞬のうちに見る永遠の感性」がそこにあると感動する。

 石原はその感性の典型として、短歌、俳句があると言う。
目の前の情景や、感慨をわずか17文字、31文字で一瞬に表現する。俳句、短歌はどんな日本人もそれを読んで、作者の状況、感動を会得できるし、最近は特に俳句はブームで多くの人たちが作句を楽しむ。

 その日本人独特の感性について、石原がある企業で講演したところ、その会社にドイツから日本に移住して勤めている技師が憤慨して、「それは日本独特の文化ではない。私も5,7,5の俳句を作ることができる」と言って、これがその句だといって披露する。
 「鎌倉に、鳩がたくさんおりました。」

最近は、俳句や短歌を翻訳して海外に紹介している本が出版されている。

 歌人永福門院の名歌。
「真萩散る 庭の秋風身に染みて、夕日の影ぞ、壁に消えゆく」

この句を石原と有名な翻訳家がみて、この句には絶対翻訳不能な箇所があるという。

それは「夕日の影ぞ」の「ぞ」。この「ぞ」は「も」でも「が」にもとらえることができるが、どちらもピタとはまらない。「ぞ」しかありえない。こんな難しい助詞を、日本人は難なく当たり前に受け入れてしまう。日本語の味わいの深さがここにある。

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| 古本読書日記 | 05:40 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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