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阿部昭    「天使が見たもの 少年小景集」(中公文庫)

 少年は、学校をでて、いつものようにあちこち道草をして、暗くなってから家に向かう。母親は近くのスーパーでパートで働いている。母親のいない家に帰り、一人でいるのがいやなのである。

 その日、いつもなら、家の外にでて彼を待っている母親の姿が無い。しかも、家は灯りがついていない。鍵のかかっているはずのドアが閉まっていない。灯りをつける。こたつに入りうずくまっている母親の姿がそこにあった。母親は勤めに行かず、朝からこたつにはいったままだったのだ。その母親をよくみると、口からたくさんの血をはいっている。目は見開いたまま、手足は固まっている。母親は死んでいた。

 母親は息子に、いつか父親を捜してあげると言っていた。一緒に街を歩きながら、通り過ぎる男の人を指さし、どの人がいい?と息子に聞く。だから、息子は、あの人、この人が父親になってくれたらといつも想像していた。息子は父親というものは、子供が生まれた後、母親が探して見つけてくれるものだと思っていた。

 母親はスーパーに働きにでてから生活が乱れだした。母親はそのころにはめずらしく大学を卒業していた。スーパーのパートの人たちは殆ど中卒のひとばかりだった。大卒といったって、仕事現場はきびきび動き、正確な能力が求められ、母親はそれができず、完全に無視され、その仕事のひどさをパート仲間から上司に訴えられていた。いつ、馘首されても仕方がない状態におかれていた。

 母親は、心臓に病気を持っていた。ときどき発作をおこし、その都度アルコールは厳禁と医者から言われていたが、やめられずアルコールを浴びるように飲んだ。

 疲れ切って、やぶれかぶれな母親に、息子は「自分が新聞配達をして、家をささえる父親になってあげる」と母親に言っていた。

 母親がこたつで死んでいたのを発見した息子は、母の勤めているスーパーにゆき、ビルをよじのぼり、屋上から地面にむかって身を投げた。

 少年の手には、紙きれが握られていた。その紙には、ここに連れてかえってほしいとアパートの家までの地図が、スーパーからやく250mと正確に書かれていた。「約」を「やく」としているところが、生々しい。

 この物語は実際の事件をもとに書かれている。実際、母親の死因も自殺だった。
阿部昭が私は大好きだった。異常な挿話や、過度な悲劇的表現もなく、物語をありのままに淡々と紡ぐ。

 しかし、その静謐な文章のどの場面も、ぐっと心に入り込んでくる。

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| 古本読書日記 | 06:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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