FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

石井好子   「パリ仕込みのお料理ノート」(文春文庫)

 ジョセフィン・ベーカーはスペイン人の父と黒人の母から生まれた混血児だった。石井さんが戦後まもない昭和25年、アメリカ、フランスに渡航したころ、ジャズからシャンソンまでを歌う大歌手となっていて「カジノ・ド・パリ」や「フォリ・ベルジュール」の大舞台にたち、“琥珀色の女王”とか “黒い真珠”と呼ばれていた。

 ジョセフィン・ベーカーはフランスの小さな村にあるお城ミランド城を購入。貸別荘や3階をホテルにして運営していた。そこには、戦災孤児となった、海外の子供たちを収容していた。

 ジョセフィンが日本に行き、講演をしたいと申し出た。ところがジョセフィンは、報酬も旅費も一切不要という。私が役立つようだったらどこにでも行くから。私を好きなように使ってほしいと申し出た。

 もちろん大きなコンサート会場でも公演をしたが、小さな養護施設でも歌声を披露。全国を駆け回った。

 但し、公演には一つの条件がついた。日本の孤児を養子としてミランダ城に連れて行けること。20人が暮らす養護施設にゆき、そこで2人の孤児を養子にしてフランスに連れて帰った。

 昭和10年2月のこと、ジョセフィンはニューヨークの舞台に呼ばれ、アメリカに渡る。タクシーに乗ろうとすると運転手が褐色のジョセフィンを見て、こんな女を乗せたくないという。そこをつきそいの日本女性沢田さんが無理にお願いしてタクシーの了解をもらう。

 ホテルに着く。空き室は無いとことわられる。それが11ホテルも続く。中には空き室ありとの看板を掛けているのに、たった今満室になってしまったと断るホテルもあった。

 仕方なく、沢田さんは自分のアパートに連れて行きジョセフィンを泊める。

  ジョセフィンは最大の屈辱に耐えながら、懸命に練習をして、白人歌手をしのぐシャンソンを披露。万来の拍手を浴びる。

 そしてフィナーレ。出演者全員が舞台にあがる。その時ある白人歌手がジョセフィンに命令する。
 「君はホテルに帰れ。フィナーレは我々白人だけでするから。」
とっさにジョセフィンは、舞台中央にかけあがり、大声で叫ぶ。
 「あなたたちのその白い皮膚の下には黒い心がある。そして私の黒い皮膚の下には真っ白な心がある。」

 ジョセフィンを支えていた沢田さんが言う。
「そのときほど美しい、すばらしいジョセフィンを私はみたことがない。」と。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 06:05 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT