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網野善彦   「日本の歴史をよみなおす(全)」(ちくま学芸文庫)

 ポルトガルの宣教師ルイス フロイスは18世紀半ばに日本にやってきて35年間日本に滞在する。その間に「日欧文化比較」という本を著す。

 この本の第二章「女性の風貌、風習について」で日本の女性について記述する。
その内容が、にわかに信じられず大嘘ではないかという記述が多くある。

「日本の女性は処女であることを重んじない。それを欠いても名誉は失わず、結婚に全く支障はない、」「西洋においては財産は夫婦共有なのだが、日本では夫婦別々の所有となる。時には妻が夫に金を貸して、利息もとる。」「日本では離縁は不名誉にはならず、普通のように行われる。そして再婚もできる。そして妻が夫に離縁を要求することもしばしば。」「女性同士で出歩いたり、旅にもでる。」「日本では堕胎は普通に行われる。子どもを産んで育てられないときは首に足をおいて窒息死させる。」

 とんでもない偏見だと瞬間思うが、じっくり調査をすると、これが事実となって浮かび上がってくる。

 日本では夜這いが昭和30年ころまで普通のこととして行われている。中味はわからないが、昭和30年に夜這いによる事件が起き、警察の取り締まりが強化されこの風習がなくなる。

 お祭りや仏教の行事法会のとき、神社仏閣にお籠り。男女雑魚寝をして、神や仏の前でセックスを楽しむ。だから、どんどん子供ができる。子どもは7歳までは神の子。ということはまだ人間ではないからと生まれた子を殺す。

 明治維新直後、明治の初めは離婚率が極端に高くなっている。江戸時代に統計はないが、当然離縁は高かったと想像される。離縁状は法律により男が作成するが、かなりの量が妻に要請され書かされたものが多い。

 本来、唐より中国の法律、風習が日本に移入される前は、女性の社会での活躍は一般的なことだった。女系天皇も生まれた。しかし、中国が完全家父長制度で男系社会のため女性の地位や活躍が縮小されてゆく。それでも、南北朝時代までは、名主には多くの女性がみられ、行商、特に魚屋は女性が多数を占めていた。しかし、理由は定かでは無いが、南北朝時代後は、ほとんど社会での女性が活躍する場が無くなった。

 もし、中国の制度、文化を強制導入しなかったら、日本は世界で最も女性が活躍する国になっていたかもしれない。

 余談だが、中国制度が導入されるまで、日本では氏制度はなく名前だけが付けられていた。
中国から氏制度がはいり苗字をつけるようになった。この苗字は、天皇より賜るものだった。
だから天皇には苗字が無い。

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