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阿久悠    「無冠の父」(岩波現代文庫)

 小説の体裁をとっているが、中身はほぼ実際にあったことを書いている。作詞家阿久悠と主に父親深沢武吉(仮名)をめぐる物語である。

  阿久悠の父武吉は、戦前、戦中、戦後と人生の半分を巡査として暮らす。しかも、殆どが淡路島の駐在所勤務で、55歳依願退職するまで平巡査。退職直前に巡査長の辞令をもらった。

 戦前と戦後では、社会の価値観が180度ひっくりかえった。

 しかし武吉には変化はなく謹厳実直、職務に忠実な巡査だった。戦前の巡査はみんなに怖がられていた。ちょっとした話をすると、すぐ捕まえることが多く、サーベルの音が聞こえてくると、お巡りさんが来たとみんなが一斉に逃げた。

 しかし、戦後になると、駐在所は破壊をする対象に変わった。事実、この物語にでてくる
もうひとつの交番に勤める鶴田巡査の交番は終戦日のその夜破壊されていた。そして鶴田夫婦は夜逃げをしていた。

 鶴田は武吉に、肩の力を抜いて、柔軟に世の中に対応しないと、生きていけなくなるよと忠告するが、武吉は受け入れなかった。鶴田は、闇屋になり大きなお金を手にいれる。食料が枯渇して困っていた阿久悠の母に闇物資をそっと武吉に内緒で渡してくれていた。

 姉の千恵が神戸の軍需工場から引き揚げてきた。やせ細り、埃まるけだった。千恵は家に着くなり、風呂おけに水を汲みいれ、窯に火をつけ風呂をわかしてはいる。

 一番風呂は父親がまずはいるというのが家の掟だった。母は父が帰ってくると、怒られると千恵に父が帰ってくる前に風呂をでるよう言うのだが、千恵はいっこうに聞かない。

 一時間以上も風呂につかっていた。その間に武吉が帰ってくる。怒鳴られると思ったが武吉は何も言わない。

 家の掟が崩れた瞬間だ。阿久悠はこの日戦後になったと思った。

昭和20年8月15日。終戦日は、色んな作家が、描写しているが、阿久悠のこの作品の以下の描写は心に残った。

 陛下の玉音放送を聞くために、小学生が校庭に集められた。陛下がしゃべっているとき、校庭に蛇があらわれ、生徒の足元を走りまわる。阿久悠は怖かったが懸命にこらえていた。

 その時、突然大声をある生徒があげた。その途端に、先生が走ってきてその生徒を殴りたおした。

 作詞家阿久悠の作品だから、感情が高揚して熱い文章が並ぶのではと思ったが、抑制された静謐で端正な文章で綴られたよくできた作品だった。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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