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米原万里   「パンツの面目 ふんどしの沽券」(ちくま文庫)

 世界の人々の下着はどんな変遷を経て今の姿になったのか。パンツとふんどしのルーツはどこにあるのか。大量の文献を読み、米原が紡ぎ出した経過と結論を描いた面白論文集。
 考察も興味深く面白いが、その考察にいたるエピソードが圧倒的に面白い。

 明治も中ごろになると、段々日本の下着もパンツが主流になる。特に女性にはパンツが急激に浸透する。

 そんな中、男性もパンツが当たり前になってきたが、陸軍はふんどししか認めなかった。それはふんどしに魂が宿っていたから。だから、気の小さい人を「金玉が小さい奴」と見下すし、「尻の穴が小さい」とも言う。男の下半身に、男の根本があるのである。

 米原さんが幼稚園のとき、担任のコバヤシ先生が、紙芝居をする。ミッション系の幼稚園」だったので聖書の紙芝居である。

 そこに全裸のアダムとイブが登場する。そのアダムとイブは大事なところをイチジクの葉で隠している。

 元気なタケウチ君が質問する。
「そのはずかしいところってオチンチンのことですか。」
コバヤシ先生は唖然として言葉がでない。

 さらにタケウチ君が言う。
「先生、その葉っぱはどうして落ちないんですか。」

 そこから、園児たちが大騒ぎになる。
「セメダインでとめてるんじゃない」
「セメダインじゃおしっこするとき、はがすんで痛いんじゃない」
「糊じゃないの。」
「やっぱしセロテープだよ。」

 好奇心いっぱいの米原さん、家に帰って試してみる。そしてやっぱしセロテープという結論になる。

 翌朝、タケウチ君の両親が幼稚園にやってきて、強烈に文句を言う。
タケウチ君。オチンチンにセメダインを塗りたくり、沁みて痛くてたまらなくなったそうだ。

 普通の人だったら、こんなことは成長するに連れ、忘れるのだが、米原さんはずっと思い続けて、いつか解明しようと思っている。解明できないことが気持ち悪いのである。

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| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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