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矢野誠一    「志ん生のいる風景」(河出文庫)

 時々新聞に全面広告で、落語CD DVD全集販売の広告がでる。
そこには収録されている落語家の写真が掲載されているが、圧倒的に大きい写真は志ん生である。

 著者、矢野は、新劇の裏方をしていたころ、精選した落語の名人を集め、落語会を行うことを企画した。知り合いだった円楽に相談したところ、円楽が「私がどんな大看板でも口説いてみせるから」という言葉に勢いを得て、名人5人を集め「精選落語会」をイイノホールで始めた。当然、大好きだった志ん生に登場してもらうつもりだったが、志ん生が脳溢血で倒れたため、志ん生ぬきで始めた。志ん生は後遺症は残ったものの復活して、この落語会で復帰を果たした。

 この作品は、志ん生が大好きで、心を鷲つかみされた矢野の思いが全面にでた作品かと思って手に取ったのだが、中味はかなり異なり、志ん生一直線というところはなく、内容は薄いと感じた。

 志ん生は自ら「貧乏自慢」「なめくじ艦隊」という著作を残しているし、志ん生と言えば結城昌治が表した大著であり名著でもある「志ん生一代」があり、矢野のこの作品も、それらに書かれているエピソードや出来事以上のものは無かった。

 志ん生はひとりよがりで、家族を含め、周囲と調和して生きようとするところが全く無かった。東京大空襲が激しくなったとき、東京にいれば死ぬかもしれないと思い、それを避けようと満州慰問団に参加し、圓生とともに満州にわたる。残された家族は貧乏でも大黒柱である志ん生が満州に逃げ大変な苦労をしている。

 このことが矢野の志ん生観にこびりついていて、志ん生絶賛にはならなかった。

志ん生の大の友人で、名人として並び称される桂文楽についての記述が印象に残った。志ん生は豪放磊落で、よく落語を忘れたり、間違えたりしたが、そこがまた面白いと聴衆に大喝采を浴びた。

 これに対し、文楽は精密機械で、どの演題もどこで演じても一字一句違わず全く一緒。演じる時間も一分と狂うことがなかった。

 東横落語会で「大仏餅」を演じていた時、登場人物の神谷幸右衛門の名前が浮かんでこなくなった。少し間をおいて
 「申し訳ありません。もう一度、勉強しなおしてまいります。」
と、高座をおりて、そのまま死ぬまで落語を演じることは無かった。

 この後のエピソードが驚いたのだが、このような日がくることを文楽は予想していて、何回もこの言葉を練習していたそうだ。名人の美のこだわりだと思った。

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