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森絵都     「みかづき」(集英社文庫)

森さんはチャレンジャブルな作家だ。この作品はどちらかと言うと社会では必要悪と思われている進学塾を扱い、しかもそれが「塾」という名称を初めてつけた進学塾を日本で立ち上げ、それを継いで3代にわたる大河物語に仕立てている。

 会社で働いていたころ、フランスに工場を作ることになり、その申請に不明点があって、フランスの官僚にお伺いをすることになった。そのとき、担当官僚が11時から30分間を指定してきた。それなら、打ち合わせの後、昼飯でもどうかと提案したところ、「何を言ってるのだ。空いてる時間は夜の11時だよ」と言われ驚いた。

 フランスは超エリートを育成して、それ以外の人たちはそのエリートについてゆき、国家や大企業をまわしてゆくという運営をとっていることをその時知った。エリートは国を引っ張る気概も責任感も意志も強固で、全身全霊を傾け、それこそ24時間身を粉にして働く。

 この作品で、今は否定されているが、一時期日本がゆとり教育を採用、その目的はフランスの方法を採用することにあったと書かれている。

 極少ないエリートだけを徹底的に教育、その他の人たちは、せいぜい読み書きそろばんができれば構わないという教育をして、一般人はエリートの指導政策に従う国家を作ろうとした。

 ゆとり教育の内容はよくわかったが、ゆとり教育を採用していた期間エリート教育はどのようにしていたのかこの作品ではよくわからなかった。

 物語は、学習塾を始めた吾郎、千明夫婦の苦闘、そして方針の違いで離別という、波乱の人生を描いたところも楽しめたが、孫の一郎の活動が感動的でよかった。

 塾というのは、高校、大学と難関を突破するために学ぶのが目的の第一ではあるが、もう一つ大事な目的、学校の勉強についていけない学生たちの学習の理解を深めることがある。、落ちこぼれ生徒に対して補習を設けている塾も多い。

 ところが、家計の収入の関係から、この補習塾にさえ通えない子供たちがたくさんいる。学習の理解度は、親の収入の多寡で決定されるというのが現状である。

 一郎は、教育の機会均等になっていないということで、無償で補習をする塾「クレセント(三日月)校」を立ち上げる。
 多くの塾生が集まるはずだったが、一人も来ない。何しろ塾に行くまでの電車賃が払えないのだから。

 そこで、ある人のサジェッションにより市の福祉課を訪ねる。民生委員のネットワークで生徒を集める。

 私の小学校時代に「綴り方教室」という映画を見せられたが、そこで生徒が書いた作文を、勉強嫌いの子に徹底して繰り返し読ませ、集中力をつけ学ぶことを根気よく教える。

 その子が試験で飛躍的に得点があがる。先生がその子を叱る。「カンニングはしてはいけない」と。母親もその子を叱る。その子はカンニングなどしていないと訴えるのだが誰も信じない。

 「綴り方教室」で徹底的に習った文章表現で、先生に自分はカンニングはしていないと手紙を書き訴える。先生はそれで、その子に申し訳ないと謝罪をする。

 だめと烙印を押された子をすくいあげてやる一郎の姿勢。これが教育だなと心底感じた。

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