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石ノ森章太郎   「章説 トキワ荘の青春」(中公文庫)

章太郎は高校を卒業して上京し、最初に住んでいたアパートをでて、漫画家を目指して豊島区椎名町にあった、漫画家ばかりが住んでいる「トキワ荘」の2階にやってくる。

 そこは寺田ヒロオを筆頭に、藤子不二雄、ツノダジロウ、赤塚不二夫などそうそうたる漫画家が住んでいた。昭和30年だった。

 そのころの雑誌は、すべて月刊雑誌。雑誌には漫画も掲載されたが、小説と混在していた。章太郎も作品が掲載されていたのが「漫画少年」そこから「少女クラブ」の別冊にも掲載された。自転車操業のように毎月2つの雑誌に漫画を載せた。

 ところが「漫画少年」「少女クラブ」の出版社が行き詰まり倒産し、その後次々たくさんあった月刊漫画雑誌が廃刊となる。

 章太郎は、漫画はみんなから見向きもされず、廃れると思い詰める。それから、漫画家というのは男が一生かけてやる職業ではない。漫画大好き少年だけが描くもの。こんな思いが強くなったのは章太郎23歳のとき。最早章太郎は少年では無かった。

 章太郎は、漫画から脱却するために、外国への旅にでかけた。アメリカを放浪し、そのあとヨーロッパに渡り放浪し、マカオ、香港を通って、羽田にもどってきた。

 帰ってきたら、廃れるだろうと思っていた漫画はマンガに変わり、雑誌は週刊に切り替わろうとしていた。
 月刊雑誌に2作連載するのにも苦労していたのに、これからは週で追いかけまわされることになった。

 こんな状態になると大変で、時々、締め切りまでに間に合わせれない作品がでて、雑誌に穴があきそうになる。そうなると編集者は、漫画家のたまり場になっているトキワ荘にやってきて、何とか穴埋めのために漫画を描いてくれと頼む。

 赤塚不二夫は当時、ストーリーものの少女漫画を描いていたが、あまりパっとしていなかった。

 穴埋めのためには、ストーリー漫画を考えている時間が無い。やけになってギャグ漫画を描く。

 その雑誌が販売される。自分の描いた作品を赤塚がみる。すると驚くことに漫画の最後に「つづく」とある。
 ギャク漫画作家「赤塚不二夫」が誕生した瞬間である。

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