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星野博美   「みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記」(文春文庫)

 著者星野さんは千葉県房総半島の東岸の小さな町岩和田で生まれ育つ。その岩和田で1609年南蛮船が難破し、村人たちが懸命に救助し殆どの船員が助かる。そんな南蛮船がどういうものであったかを調べることからスタート、当時音楽演奏に主流な楽器だったリュートに魅惑され、リュートを習う。天正遺欧使節団の4人の少年がリュートの演奏を欧州で習得、演奏披露を秀吉の前で招かれ、行ったことを知り、当人は教科書で習ったくらいしか知らなかった、キリシタンの歩んだ道をたどる旅にいざなわれる。

 日本でのキリシタン迫害の歴史の資料はたくさん残っている。それは、日本にやってきたパードレ、牧師たちが、スペインやポルトガルに布教の状況を報告していて、それが残っているからだ。

 この中で、星野さんが最も感動し、衝撃を受けた本が神父、ハシント オルファネールの書いた「イストリア」である。他にも資料はたくさんあるが、迫害を経験している作者の本は無い。この本は、日本で捕縛され、鈴田牢に入れられ、最後には火あぶりで処刑された唯一の経験を持っているハシントが書いている貴重な本だ。

 1614年家康により公布された「伴天連追放令」。これにより殆どの宣教師は日本を脱出。
日本のキリシタンは拷問迫害され殺されてゆくのに、牧師たちは、彼らとともにするわけでなく、みんな日本を退去する。キリシタンには、牧師に対する怒りが沸き上がった。

 当時30-40万人のキリシタンが日本には存在。殺害されたのは4万人。牧師たちの裏切りをみて、キリスト教を唾棄した信者がたくさんいた。

 その中のわずかな牧師がキリシタンとともにという信念で日本に残った。その一人がハシントである。

 そのハシント生誕の小さな町、ラ・ハナを星野さんはこのノンフィクションの最後に訪れている。

 驚くことにハシントは小さな村で一番の有名人だった。訪ねた日の翌日、年に一度のお祭りハシント祭りが開かれた。ハシントは殉教者、聖者としてたてまつられていた。そして、日本は、ハシントを処刑した国として、嫌われる国だった、

 しかし、星野さんがハシントだけでなく、日本人のキリシタンが同時に4万人も処刑されたこと。多くの牧師が日本を逃げ出したが、日本のキリシタンと最後までともにいるとの決意で、殉教したのだと説明すると、村人の雰囲気が180度変わった。

 ハシントは最後、長崎県大村市と佐賀との境の鈴田川沿いにある鈴田牢に収監され、10畳しかない広さに33人のキリシタンとともに、寝るスペースもなく5年間暮らし、処刑された。

 今年、世界遺産にキリシタン遺跡が登録された。しかし、この鈴田牢跡は、登録申請もだされなかった。違和感と淋しさが残った。

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| 古本読書日記 | 06:12 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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