fc2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

中島たい子     「院内カフェ」(朝日文庫)

朝子は孝昭と結婚して23年。朝子は相次いで両親を亡くす。その両親に付き添ってずっと介護、病人の世話をしてきた。この世話が大変で大きな苦労をしてきたのだが、2人の兄はその苦労を朝子に押し付けるだけで、朝子の大変さを少しもわかってくれない。

 両親が亡くなり、やっと介護、世話の苦労から解放されたと思ったら、今度は夫が治すことが不可能な原因不明の病気「潰瘍性大腸炎」に罹る。

両親や兄たちもそうだが、夫孝昭も朝子の苦労を少しもわかってくれない。ある日、「離婚届」を持って孝明昭が入院している病院に行く。いきなり「離婚届」を孝昭につきだすのは少し心が痛むので、病院にあるカフェで一休みして、自らを勇気つけていくことにした。

 カフェは混んでいて、一人で座っている席に「相席してもいいですか」と白髪の老人にたずねられる。

 相席になった老人が言う。さっき兄が亡くなったと。しかし亡くなった兄に対し恨みと愚痴がでる。あれほど、付き添い看護をしてあげたのに、感謝の一言もなく、いつも愚痴ばかりと。同じ兄弟なのに、こんなに恨むなんてと朝子は驚く。

 そして、気が付く。
幾ら世話したって、看護したって、病人の苦しさや辛さはわからない。それに、病気を治すことも辛さを和らげることもできない。
自分はただ傍らに座っているだけの人。

 動物は、死にそうな病気の動物がでると、放って捨てて行ってしまう。付き添う。寄り添うなんてことはしない。互いの心情を理解することはできない壁がある。

 大切なことは、人間は病気や老いがやってきて亡くなることを知っている。その時、壁ができる。その壁の存在を当たり前のものとして認識することが大切と、朝子は相席老人の話を聞いて思う。

 病院内にある院内カフェは、病院内にあることを忘れさせるほどに普通のカフェ。病人に合わせるメニューがあるわけでなく、まったく市中にあるカフェと同じメニュー。

 病人にも医師にも看護師にもそして健康な人にもまったく同じサービスを提供する。
 病院だから変わった人も来る。どんな人も拒むことはしない。
 でも病んでいる人がいつでも入れるように病人に寄り添うようにしているが、きちんと独立してそこにある。

 朝子は、こんな院内カフェのようになりたいと思う。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT