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村田沙耶香    「コンビニ人間」(文春文庫)

 会社で働いていた時、自分の職場は必要悪と言われた。ビジネスプロセスの中で、どうしてもなければならない業務なのだが、会社の中では最も仕事ができない奴が就く仕事だ。

 私の職場がそうであったわけではないが、色んな企業小説を読んでいると、大きな失敗をした人が必ず左遷される職場が倉庫番だ。私の職場も、似たような職場だった。

 倉庫番に左遷されると、まず殆どの人が、こんな腐った職場にいられるものかと会社を辞めた。ただし、辞めたその後はあまり幸な道を歩めた人はいない。

 私のいた職場も必要悪でだめな奴の吹き溜まりと思われていたので、陽のあたる職場で使い者にならないという社員がでると、そこの上司が馬鹿にしたような物言いで「おまえのとこででも引き取ってくれや」と当然のことのように電話してきた。抗弁などとんでもないことで、全員引き取った。

 倉庫番は、プロセスの要で関所だ。倉庫番が承認し、動かないと、商品は受け取れないし、市場への出荷もできない。そこには、関係部署が従い守らねばならないと倉庫番が創り上げたルール、独特の風土、世界がある。そのルールに従わない者は、倉庫番が厳しくうちのめす。面白いもので、リストラがあると、陽のあたる職場の人は退職させられるが、憎まれ口をたたかれ、最もみんなが嫌う倉庫番は、対象にならない。

 それで、数十年にわたり倉庫番をした人は、居酒屋あたりで「今の社長には、昔倉庫でしょっちゅうどなりちらしてやった」などと、俺が社長にしてあげたくらいに言い放つ。

 普通社会の見る目と倉庫番から見る目のコントラストの違いがすさまじい。

コンビニも今や、社会には必要不可欠の存在になった。しかし、そこで働く人々については、社会の最も底辺にいる人たちと、一般世界は規定する。しかし、その人たちがいないと、必要な存在が消える。18年間もコンビニで働き、コンビニの視点から社会を眺めると、一般から大きくズレていることはわかる。

 しかしコンビニは社会が必要としている。だから、そこで働く人も存在しなくてはならない。

 いやいや働いている白羽。自分がそこにいるのは自分が原因ではなく、縄文時代から変わらない社会がおかしいからだと、社会の責任にする。何だか、倉庫番にまわされた人を見ているようだ。

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| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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