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NHK取材班   「『空海の風景』を旅する」(中公文庫)

司馬遼太郎の名著「空海の風景」の舞台を訪ね、空海の思索の後を導きにして、「人類普遍の天才」空海の歩んだ道を取材映像化したNHKスペシャル取材班によるドキュメンタリー作品。

 この作品を読んで2つのことを強く感じた。

歴史というのは常に権力を握った側にそって語られ作られる。
日本に存在した、もともとの民族は狩猟民族だった。私の生まれた町にも縄文時代の遺跡があるが、それらはすべて山の中にある。それは、彼らの食料になる動物や草や木の実が山の中に豊富だったからだ。だから、住居も部落も山の中に作ったのだ。

 しかし、外来人種が、水田耕作、農業を持ち込む。平地で農業をしながら、山地にいる従来の民族を殺戮して駆逐する。その中で、土地や食料を取り上げる権力者や豪族が登場して、領地を治める。それが全国に拡大しながら大和朝廷ができる。山の中は生活の場であったが、山は怖い所、お化けや、妖怪、天狗が暴れるところとして領民に認識させてきた。

 深い山にわけいって僧が修行することが、大変な苦痛をともなう修行のように思うが、昔はそれは生活の一部であり当たり前のことだった。

 この作品でも空海が19歳のとき室戸岬で洞窟に入り修行する様子が、いかにも難行のように描かれているが、当時でみると、それほど難行ではなかったのかもしれない。

 空海は遣唐使となり、唐にむかう。大変な航海を経て、唐に到着。そこから、唐の都である長安、今の西安にたどりつく。

 西安は、シルクロードの東の果ての街として有名である。
空海が長安にはいったのは西暦806年。長安は西と東を結ぶ結節点として、繁栄をしていた世界一の大都市だった。

 当時長安には仏教寺院が91、道教寺院が6、ゾロアスター教寺院が2、イスラム教モスク、キリスト教教会まであり人種のるつぼの都市だった。日本人と中国人しかみたことのなかった空海は驚愕し衝撃を受けたと思う。

 それから、唐の祖に異民族の血がはいっていたせいか、人種、民族差別は唐王朝の時代はまったくなかった。王は漢民族でなければならないということはなかった。どんな民族、身分でも国家官僚登用試験科挙を受験することができた。そして、そこを通ればだれでも官僚になれた。この科挙を通った、遣唐使で有名な阿倍仲麻呂は、その優秀さを見込まれ、王の補佐役となり54年間も唐にとどまり活躍した。

 この唐の空気をたっぷり吸収した空海は宇宙の真理を表す、大日如来のもとには人類はすべて平等。そして宇宙からみたときに不要なものが国境。人類はどこへ移動して住もうが自由であり平等であることを基盤として密教を日本で普及させた。空海という名前は教科書くらいにしかでてこないが、大師さまという空海の別名は、我々の暮らしに息づいている。

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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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