FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

山本周五郎  「山本周五郎名品館Ⅰ おたふく」(文春文庫)

文学だけとは限らないが、何かに出会って、それを評価するとき、必ず、その基準となる原点といわれる物がある。沢木にとって文学評価の原点は山本周五郎作品であり、更にその原点は周五郎初期の作品集「日本婦道記」の「松の花」である。直木賞受賞作品となったが、受賞を周五郎が断った作品である。

 周五郎は女性を描くと、たぐいまれな力を発揮した。沢木が編んだ周五郎作品集の初回本はこの「松の花」を含む、女性を主人公にした作品集である。

 半分は既読。どれも珠玉の短編だが、中でも「晩秋」が印象に深く残った。

岡崎藩、御用人である進藤主計は冷酷な人間として評判であった。彼が勤めた20年の間、多くの人たちが罪人として捕まり、極刑を言い渡され、命を落としていった。特に後半の10年間はひどかった。

 進藤の重税策は人々を貧困に追いやる。これを見かねた主人公津留の父は何度となく、進藤に重税を見直すよう上申書をだすが、拒絶され、最後は切腹をさせられた。

 ところが、藩主が変わると、進藤は役を解かれ、江戸詰めとなった。その進藤が屋敷を与えられ藩に極秘に戻ってきた。そして、津留にお側の世話係として屋敷に詰めるよう命令がでた。

 津留は父の仇をうつチャンスがきたと、匕首を懐におさめ屋敷に上がった。その屋敷は寂しかった。食事の世話をする夫婦と、訪問者を取り次ぐ老人の3人しか進藤を除いていなかった。

 津留は進藤を刺す機会を狙っていたが、なかなかその機会は無かった。ある日、食事を世話する時があり、絶好のチャンスと思って、進藤の部屋に津留は出向いたが、ふすま越しに男たちの怒鳴りあいを聞き足を止めた。

 訪問した水野外記が進藤と言い合っていたのだ。
水野は声を荒げて言う。「わたくしには承服できません。あまりにも過酷です。こんな事実はありません。」

 実は、進藤が藩に送り返されたのは、進藤の罪状を調べ、裁きをするためであった。そして、進藤は自ら罪状を書き、自分自身は死刑に値すると裁きの証書を書いていた。その証書に反対する水野と言い合っていたのだ。水野は怒り進藤の屋敷をでる。

 これを聞いて、津留は匕首をそっと外に捨て、お茶を進藤のもとにお茶をさしだす。
進藤が言う。「今日は、匕首を忍ばせていませんね。自分は藩政の立ち行く基盤を造った。しかし、そのために多くの人たちが命を落とした。それは極悪非道の罪に値する。特にあなたの父については切なかった。申し訳なかった。」と。

 津留が進藤に寄りかかった。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT