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岩村暢子  「日本人には二種類いる 1960年の断層」(新潮新書)

私の生まれた頃、病院で出産した子は殆どいなかった。家で産婆さんにより生まれてきた。第一実家がある町に産婦人科のある病院は無かった。ところがこの本によると、1960年以降生まれた子どもは殆どが病院で生まれたのだそうだ。

 私の生まれた頃の子どもは、育てるという感覚が親になく、ほっといても子どもはかってに育つものという感覚だった。

 ベビー用品やおもちゃは殆ど無かった。ガラガラとミルクの吸い口、その2つさえ与えておけばよかった。母親には産休など無かった。数日休むとおんぶひもで背負われて、畑に母親と行った。
子どもはおもちゃが無いから、外へ出てチャンバラごっこや秘密基地ごっこをみんなでするしかない。

 60年以降に生まれた子は、ありとあらゆるベビー用品によって育てられた。
 しかも、テレビアニメの世代。アニメの主人公や車のプラモデルで家で一人遊びをする。女の子もリカちゃんハウスやバービー人形でやはり家の中で一人で遊ぶことが主流になる。

 60年以前に生まれた子は、家族の労働力として使われた。家事手伝い、農作業は当たり前のようにやらされた。新聞は、少年が家計を助けるために配達した。

 しかし60年以降の世代は、家の手伝いは全くしないかわりにアルバイトに精をだすようになった。

 1983年、ちょうど60年に生まれた世代が就職するころ。入社してくる人たちを既存の会社員が全く理解不能という状態になった。60年を境に完全なる断層ができ、二つの異なった人間が存在するに至ったと著者の岩村は主張する。

 しかし、この本にはだから何が問題、弊害になったのか、どう社会は対処すべきかは何の提示もない。ひたすら、時代背景の違いを述べているだけ。

 最後に社会問題が生じたとき、2種類の人間がいるという視点から検討すべきと言っているだけ。何なのこの本は。

 それにタイトルの日本語も変。「日本人は2種類いる」か「日本人には2種類ある」とすべきだろう。

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| 古本読書日記 | 07:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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