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鴨居羊子  「わたしは驢馬に乗って 下着を売りにゆきたい」(ちくま文庫)

思い切って買った、ひとひらの花弁に似たガーターベルト。買った翌日から洋服の下につけた。私の中身はピンク色に輝き、おなかは絶えずひとり笑いをした。とくにトイレに行くときがたのしみである。ぱっとスカートをめくると、たちまちピンクの世界が開ける。おしっこまでピンク色に染まっているようであった。」

 女性の下着と言えば白でズロースや肌着しか無かった戦争の傷に癒えない1950年代、
高価なガーターベルトを身に着けたことで触発され、勤めていた読売新聞を退社、退職金3万円を元手にして、彼女の言葉であるスキャンティやスリップ、ガーターベルトをカラフルなデザインで作り上げ、VANの石津謙介の向こうを張り、下着デザイナーとして一世を風靡した鴨居羊子の自叙伝。

 最初の商売のスタートが面白い。

 大金を借り、新聞広告までだして、大阪そごうの中2階のたった9坪の空間で、展示会をする。のるかそるか。ここで失敗すればすべてが水泡に帰す。

 数々の新しい下着を展示する。話題でマスコミ関係者や男性はやってくるが、元来女性の下着に好奇心はあっても、購入してもらえる人たちでは無い。

 だめかと思っていたら、展示会3日目。大阪府警が、かねてから手を焼いていたヌード喫茶に一斉取り締まりを行う。当時大阪には40軒のヌード喫茶があったが、業者には全く寝耳に水だった。早速業者は対策委員会をつくり対応を協議した。

 そんなとき業者のなかに、この展示会を見た人がいた。
 色とりどりのスリップやスキャンティ。

 これで取り締まりはクリアーできると対策委員会は思った。
だから、委員長をはじめ対策委員会の面々が鴨居を囲み、ヌード喫茶用に下着を作ってくれるように必死に頼む。鴨居はショックを受け放心していた。そのとき業者がポツリと言う。

 「肌を隠していても色気のある服装はできます。それが女の衣装というものやワな」
その一言で、鴨居が目覚め府警に決めセリフを放つ。
 「肌の露出でエロやワイセツの度は、測られません!」
これで府警が折れる。

 そしてヌード喫茶から大量の注文があり、鴨居は最初の大きなハードルを越える。

まだ、作家になっていなかった、山崎豊子や司馬遼太郎との交流も描かれ、強烈さと人間味があふれた読み応えのある自叙伝である。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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