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梨木香歩    「海うそ」(岩波現代文庫)

物語の舞台は南九州の遅島。この島の描写が凄い。地名とその由来、動物、植物のひとつひとつの生きざま、かって修験道の島だったことで残存する祠、洞穴、修行をした山々、そして蜃気楼である「海うそ」。

 まるで柳田国男、宮本常一のフィールドワークを読んでいるみたいで、完全に引き込まれる。
 しかし、地図で探したって遅島は実在しない。微細なところまで描写する、たぐいまれな梨木さんの想像力、表現力のすばらしさは驚嘆に値する。

 物語のテーマは喪失。この作品は東日本大震災をモチーフにして書かれている。

昭和初期、人文地理学の研究者秋野は、師であった佐伯教授の調査報告書に触発されて、南九州遅島のフィールドワークにでかける。

 この時の秋野の置かれた状況。一昨年許嫁が突然自殺する。昨年は相次いで両親が亡くなる。そして今年は恩師だった佐伯教授も他界する。大切な人々が亡くなった、まさに喪失を背景にした旅だった。

 修験道のための島だったから、多くの名刹があった。しかし明治維新の廃仏毀釈ですべて壊されて存在はしていない。それでも、その姿は人々の生活や口伝、残されている修験場で獲得できる。

 秋野の想いが伝わってくる表現が素晴らしい。
「その地名のついた風景の中に立ち、風に吹かれてみたい、という止(や)むに止まれぬ思いが湧いて来たのだった。決定的な何かが過ぎ去ったあとの、沈黙する光景の中にいたい。そうすれば人の営みや、時間というものの本質が、少しでも感じられるような気がした。」

 この時の営みと喪失が呼応するところもいいが、センチな私は、少し本質からずれるかもしれないが、許嫁の回想と物語が共鳴するところが強く印象に残る。

 フィールドワークの途中で秋野はカモシカに遭遇する。
ヤギにも会うが、ヤギは何だか人をバカにしているような瞳をする。カモシカの眼差しは、曰く言い難い神秘的な気配をまとっている。じっと見つめてる瞳に哀愁が漂っている。時間が止まったように見合っていると、ものがなしさとしかいいようのない情景が、ひたひたと辺りをみたしてゆく。

 許嫁はロシア風の黒い大きな瞳をしていた。あの何もかも見透かすような瞳で、世の中を渡っていくのには、やはり無理があったのだろうか。
 許嫁は自ら命を絶った。

それから50年後、息子の会社が遅島に総合レジャーランド、リゾートを開発し、そこに赴任していて、息子の誘いで秋野は遅島を再訪する。

 50年前のありとあらゆるものが破壊され尽くし消えてしまっていた。ヤギは生き残ったが、生活する場所は、囲われていた。
 そして、あのカモシカは絶滅していた。

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| 古本読書日記 | 06:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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