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本谷有希子    「腰抜けども、悲しみの愛をみせろ」(講談社文庫)

東京で俳優を目指していた澄伽が挫折して故郷の田舎に帰ってきた。

 その時のさびれた田舎に対する澄伽の印象、嫌悪感が胸に沁みる。ここまでは酷いとは思わないが、実態を鋭くついている。

 「東京であれば3日もたたないうちに誰も関心がなくなるだろう他愛もない騒ぎや、昔起こった騒ぎの余韻をできるだけ長く反芻したり、いつまでも執念深く語りあう。
 周囲を四方とも山に囲まれているため、田舎だというのに全く解放されているという気がしない。ふもとの平地をとりあうようにして密集している水田や家屋。あぶれた者は山の傾斜に家を建て、猫の額ほどの畑を幾つも階段のように作って暮らしている。細々と慎ましい生活などというイメージは微塵もなく、澄伽にはあさましい人間が狭い土地を貪っているという印象しか抱けなかった。
 それに今は太陽によってごまかされているものの、夕暮れともなれば、どこからともなくにじみでる、侘しさや貧乏くささがあたり一面に漂いはじめる。腐りかけた木の電柱。雨風にさらされ絵も文字もはげおちてしまった何かの看板。脚の曲がっているバス停の標識。鎖につながれ毛並みの逆立った雑種犬。その足元に転がる飯粒のこびりついたアルミのボウル。それらがいっせいに夕日をあび、哀れさをかもしだす光景はみすぼらしいこと極まりなかった。」

 澄伽は心の底では自分の能力では女優になることはできないと感じているが、こんな田舎に埋もれる人材ではないというプライドを強くもっている。

 それで、雑誌の文通欄にあった、シナリオライターであり新進の映画監督である小森哲生に自分の田舎暮らしへの不満と東京で飛躍したいという思いを毎日のように手紙を書く。

 3-4回に一度小森より返信が届く。
最初は通り一遍の内容なのだが、そのうちに今執筆している映画脚本についての報告があり、最近ではこの映画でヒロインをできるのは澄伽以外にはあり得ないと強い出演依頼に変化する。

 でも、澄伽は一向に田舎をでてゆく様子が無い。
澄伽は手紙の発信も返信もひとりでしていたのだ。なんとも切なく、悲しい。

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