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さだまさし    「ラストレター」(朝日文庫)

この物語では深夜放送の全盛時、文化放送が作成したセイヤングをフォーヤング、パーソナリティとして土居まさるを土井まさろう、落合恵子を下落合恵子として回想させている。

 さだまさしはこのセイヤングでグレープとしてパーソナリティで登場している。当時の深夜放送は、パーソナリティが聴取者に寄り添い、聴取者はパーソナリティの言葉を信じ、強いきずなでつながっていた。

 ところが、セイヤングがそんな寄り添い語り掛けるパーソナリティ中心の番組から、パーソナリティを郷ひろみや桜田淳子、ピンクレディなどアイドルタレントに変え、多忙な彼らの時間を確保するために、生番組から録音に変えた。これにより、聴取者とパーソナリティの距離が大きくなり、セイヤングは打ち切りの危機に陥った。

 これに反発してかっての深夜放送をとりもどそうとさだまさしが文化放送に乗り込んで、忙しいにもかかわらず、生放送で13年間も「さだまさしのセイヤング」として番組を続けた。

 この物語は、そんなかっての深夜放送へのさだまさしの情熱や思いをこめた物語である。

 プロデューサーの田名網が主人公の寺島に居酒屋で言う。
「のべつ雛壇に芸人集めて駄弁るの。テレビでやってるだろ。あれ、面白いか?真昼間から夜まであれだぜ。さもなければ芸人たちがダラダラ商店街を歩いて食べ物をせびるみたいな今のテレビ。」

 まったく田名網の言う通り。

 で、さだはどんな深夜放送が欲しいのか。
今だってたくさんの孤独で寂しい暮らしをしている人はいる。そして、みんな誰かとつながっていたいと心底思っている。そんな人たちとつながっている番組を作りたい。

 そのためには、投稿はメール、SNS,FAXは受け付けない。すべて手書きの手紙かはがき。メールは、瞬間に思った怒りや悲しさをそのままの感情でストレートに表す。怒りや悲しさは、やはり一呼吸を終えて、ゆっくり感情を思い直して書くところに真実や重みがでるから。

 わかるような気もするが、つながり、癒しなどもう一つその中身を明らかにしないで、表面的な言葉で覆ってしまっているところは、なんとなく田名網の批判と同等レベルにも思えてしまう。

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| 古本読書日記 | 05:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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