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朝日新聞社編    「薬草毒草300」(朝日文庫)

現在でも無医村、地域は存在しているが、よほどの僻地でない限り、道路は完備され、あるいはドクターヘリのような搬送装備も設置され、医者にかかれない人は殆ど存在しない。

 しかし私が子供のころまで、昭和30年代は、僻村が多く存在、病院にゆくにはバスが通っている道まで何時間かかけて歩いてでて、そこからバスに乗り、また数時間かけて町の病院まで行く人たちがいた。

 救急の場合は、戸板に患者を乗せ村の若い衆が何時間も走って医者まで連れてゆく。その間に息を引き取ることがしばしばだった。
 わたしの子供のころでそうなのだから、江戸時代など状況はもっと悲惨だった。

水戸光圀の侍医だった穂積宗興が1693年に作った「救民妙薬」という本がある。397の薬草をとりあげ、薬の作り方、処方、効き目について記載されている。過去の経験歴史からまとめた部分も少しはあるが、1596年に30年かけ造られた中国明の「本草綱目」から引き写したものが殆ど。

 この「救民妙薬」が家に備えられていて、病気やケガをしたとき、薬の処方をした。江戸時代はまさにこの本が医者だったのだ。

 野草というのは毒にも薬にもなる。猛毒でよく殺人に使われるトリカブトも、古代から毒矢の毒に使用されていたが、その毒も身体四肢股関節の麻痺、疼痛の回復、代謝機能失調の回復、虚弱体質者の腹痛、下痢など内臓の弛緩によっておこる症状の回復に有効な薬になる。

 最近はだいぶ野草の物質分析が進んでいるが、ある野草が薬として使われるためには、多くの人々の経験、犠牲の歴史が必要だった。

 この本によると、野草は道端にはえているものを片っ端から食してゆくと、半分は毒を含んでいるらしい。

 今は、殆ど無いが、昭和の初めには、野草を食して中毒症状を発症し事例が300件あったそうだ。

「笑点」で小遊三がよくぎんなんを拾うといって笑いをとっているが、ぎんなんも原因は不明だが、多く摂食すると、下痢や腹痛がおき中毒症状を発症するそうだ。ぎんなんを食べるときは少なめにだそうだ。

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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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